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はしだのりひこさんが最期も歌って残した「風」 死の10日前にも仲間と歌、周囲も驚き

1/6(土) 16:56配信

夕刊フジ

 【ドクター和のニッポン臨終図巻】はしだのりひこ

 昭和40年代、日本のフォーク音楽をリードしていたはしだのりひこさんが12月2日、72歳で旅立ちました。パーキンソン病で死去との報道でした。

 訃報が流れたその夜、桑田佳祐さんがラジオで「日本のポール・サイモンだった」と追悼し、ヒット曲『風』をかけたことからも、音楽シーンに大きな影響を与えた人物だったことがわかります。

 はしださんの長女によると、パーキンソン病を患ったのは約20年前。9年前に奥様を亡くされた頃から体調が悪化したようです。

 高齢化に伴い、パーキンソン病の患者さんが増えています。脳幹部にあるドーパミンという神経伝達物質が減少する病気です。

 手足の震えや歩きにくさを感じることが初期には多く、進行に伴い、両手足にこわばりなどの強い症状が出てきて、日常生活に支障が出てきます。

 抑うつ障害や幻覚、睡眠障害や頻尿、認知機能の低下なども現れることがあり、最近注目されているレビー小体型認知症と症状が重なるため、誤診されたり、誤った処方をされたりして悪化してしまうケースも実は多いようです。

 進行を遅らせる薬はありますが、完治させる治療法はまだ確立されていません。進行具合は人それぞれで一様ではありません。

 はしださんの場合は、20年間も難病と共存できたのですから、立派な闘病であったと思います。

 今年4月には、きたやまおさむさんや杉田二郎さんと一緒に、車椅子で京都のコンサートに参加。『風』を披露したそうです。

 しかし、翌5月に急性白血病を発症。抗がん剤治療を受けて、いったん改善したものの、これにより抵抗力が落ちたのでしょう。パーキンソン病も悪化。嚥下(えんげ)機能が低下し、食事が難しくなっていきました。

 パーキンソン病が進行し、食べられなくなった患者さんに胃ろうを造るか否かは、年齢や状態によって答えは違ってきますが、はしださんは胃ろうを造らなかったようです。

 「最期にステーキを食わせろ」と食欲を示していたようですし、死の10日前には、病院にお見舞いに来た仲間たちとギターを弾いて歌ったそうで、周囲の人も「ありえない!」と驚いていたようです。

 危篤状態になってからも息子さんにアイスクリームをスプーンで数口食べさせてもらい、満足げだったと言います。

 長い闘病生活ではありましたが、最期まで音楽を楽しみ、食べることができたのですから、見事な平穏死です。パーキンソン病であっても最期まで人生を謳歌(おうか)しよう-。多くの患者さんに、暖かい「風」のようなメッセージを残してくれました。

 ■長尾和宏(ながお・かずひろ) 医学博士。東京医大卒業後、大阪大第二内科入局。1995年、兵庫県尼崎市で長尾クリニックを開業。外来診療から在宅医療まで「人を診る」総合診療を目指す。近著「薬のやめどき」「痛くない死に方」はいずれもベストセラー。関西国際大学客員教授。

最終更新:1/6(土) 16:56
夕刊フジ