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航空業界に流れる中国に転職の噂 パイロット大量退職「2030年問題」乗り切りに奨学金

1/8(月) 10:00配信

産経新聞

 少子高齢化で人手不足が見込まれているのはどの業界でも同じだが、一朝一夕に確保できない専門職の一つが民間航空機パイロットだ。国内で大量退職を迎える「2030年問題」に関係者たちが頭を悩ます中、私立大学など民間養成機関6団体が、パイロットを目指す学生を対象とした無利子貸与型奨学金制度を立ち上げる。ANAホールディングスと日本航空(JAL)の国内大手航空会社2社も運営に協力する産学連携で、18年度から開始するという。果たして成果は…。

 「乗員(パイロット)確保は地道にやるしかありません」と話すのは北海道を拠点とするAIRDO(エア・ドゥ)の広報担当者だ。同社は昨年11月16日、18年2月に羽田-新千歳路線で計26便を運休すると発表。ANAとのコードシェア便で、発表時には637人が予約済みだった。実は、エア・ドゥは17年10月31日に、羽田-新千歳と仙台-新千歳の2路線計34便を11月に運休すると発表したばかり。いずれも理由は「パイロットの退職」。同社のボーイング767型機が17年11月と18年2月に1機ずつ整備に入るため、9機所有する737型機の稼働を高めて機長38人で運航する計画を組んだ。だが、17年8月と10月にボーイング737型機の機長が1人ずつ自主退社し、人繰りがつかなくなったという。

 「中国のエアラインに転職したらしい。年俸4000万円で人を集めているそうだから」(業界関係者)と、真偽不明の話がまことしやかにささやかれた。この年俸額は国内大手2社のパイロット年俸の約2倍。航空需要が右肩上がりの中国では、航空会社が外国人パイロットを次々採用しており、高額提示がなされるのだという。別の関係者は「もし仮に中国のエアラインに転職したなら大変でしょう。日本は国内線でも管制官とのやりとりは英語だが、中国国内便は中国語」と指摘する。

 14年には、パイロットの退職や病欠が原因で、LCCのピーチ・アビエーションとバニラ・エアで計2000便を超える減便が発生した。定期運航の要の一つがパイロットであることは紛れもない事実。でも、パイロット不足におびえなければならない事態が世界各地で起きている。

 今回の奨学金「未来のパイロット」は、17年11月27日に一般社団法人の申請をした「航空機操縦士育英会」(操縦士育英会)が運営を手がける。奨学金は1人500万円で、操縦訓練が始まる2年次以降に1~3回に分割して貸与。卒業後10年間で返済する。

 操縦士育英会は桜美林、東海、崇城(そうじょう)、千葉科学の4私大と日本航空大学校、パイロット養成を手がける企業の新日本航空(鹿児島県霧島市)-の民間養成機関6団体が設立メンバー。6団体でパイロットを目指す学生120人超の中から各団体1学年3~5人、全体では年25人程度が奨学生に選ばれる。奨学金はオリエントコーポレーションから操縦士育英会経由で各団体に直接、奨学生の訓練費として支払われる仕組みだ。債務保証料を含めた奨学生1人当たりの手数料(60万円)は、養成機関と航空会社(ANAとJAL)で折半するという。18年度新入生については、入学手続き時に入試結果をもとに貸与可否を示すことで経済的負担の軽減を図るほか、団体によっては在籍生にも貸与枠を設定する。

 どれだけの“学費”が必要となるのだろうか。

 設立メンバーの桜美林大によれば、米フロリダ州の飛行訓練施設で1年半の飛行技術訓練を行う同大「ビジネスマネジメント学群アビエーションマネジメント学類フライト・オペレーション(パイロット養成)コース」では、入学金を含めた4年間の学費=976万6000円▽訓練費=約880万円【約900万円(燃料費や航空機使用料などを含む実機訓練費)+約160万円(米国での寮費)+約20万円(マニュアル費など)-200万円(同大独自の「操縦士奨学金」)】-の合計1856万6000円が“最低学費”。同大は全寮制のため国内寮費(2年分)210万円も別途必要だ。このほか、渡航費や航空身体検査受検料、操縦士免許取得試験手数料などもかかる。同大の佐藤東洋士総長は「在学生は銀行や育英会から借り入れをしている。民間養成は学生側の負担が大きい」と話す。

 ちなみに、操縦士育英会設立メンバーの6団体の中で最安値は、大卒資格取得のない新日本航空の約1300万円(米国訓練費4万3000ドル、国内訓練費約805万円)で、最高値は崇城大の約1960万円だ。千葉科学大危機管理学部の山田光男教授は「入試時に各家庭からの問い合わせで多いのが訓練費と、それ以外にいくら掛かるかということ。また、経済的な面で訓練そのものを諦める学生がいるのも事実」と話す。夢をかなえる原資とはいえ保護者には高いハードルだ。

 一方で、経済的支援の枠組みは小さい。私大パイロット養成コース学生を対象にした奨学金は、JALが15年度に開始した奨学給付金制度「日本の翼 育英奨学金」のみ。年間上限30人で500万円が給付される。同社グループへの就職義務はなく、同社によれば給付1期生(17年3月卒)のほとんどが航空会社にパイロットとして採用された。

 17年1月1日現在、国内民間航空会社18社のパイロット(機長と副操縦士)は6389人。このうち45~52歳をピークに45歳以上が54%を占め、30年に大量退職が始まる「パイロット2030年問題」を抱えている。一方、国内LCC4社では506人が勤務するが、11~13年度に相次ぎ設立されたLCCは即戦力確保を優先したことで、今後数年で退職となる60歳以上が18%を占め、既にパイロット危機に直面中だ。

 国土交通省航空局の16年のパイロット需要予測によれば、政府の「明日の日本を支える観光ビジョン」で掲げる訪日外国人旅行者数の目標達成(20年4000万人、30年6000万人)をかなえる増便を踏まえると、東京五輪・パラリンピックが開催される20年には380人、30年には430人の新規採用が必要となる見込みだ。

 「パイロット不足ではない」と口をそろえるANAとJALはそれぞれ毎年50~70人を採用し、自社養成で対応するほか、ANAは外国人パイロットの採用も実施。国内唯一の公的養成機関である航空大学校は18年度から1学年定員を1.5倍の108人に増員する。一方、パイロット(固定翼)養成コースを抱える私大7校の定員は150人ほどだ。

 このため、国土交通省交通政策審議会は14年7月、若手操縦士の供給拡大を中長期課題の一つとし、民間養成機関の供給能力拡充が必要との提言をまとめた。同年8月から、国交省が民間養成機関や航空会社、航空機メーカーなどを集めた協議会で、産官学連携での奨学金制度創設の検討が始まったが、「誰がいくら出すか」など、奨学金のスキーム作りで意見が分かれた。一度は立ち消えそうだったものの、ようやく、制度が組み上がったという。

 操縦士育英会によれば、6私大(桜美林、東海、崇城、千葉科学、法政、第一工業)の14年度入学者数は100人で定員充足率(100%未満は定員割れ)は66.7%にとどまった。しかし、皮肉にも同年のLCC大量減便でパイロット不足と私大の養成コースの認知が広まり、15年度以降は定員充足率は9割超えで推移している。

 パイロット養成ニーズの高まりを受け、工学院大が19年4月、先進工学部機械理工学科に「航空理工学専攻」(募集定員20人)を新設する。他大学と異なり、同大では固定翼か回転翼(ヘリコプター)のどちらの免許を取るかは入学後に選択。さらに、国内航空会社パイロットを目指す場合に必要な事業用免許(固定翼)は、同大卒業後に提携先での訓練後というカリキュラムのため、在学中の訓練費は500万円ほど。卒業後も訓練費用約1000万円が必要となるが「卒業後すぐでも、一度就職して経済的に自立してからでも訓練できる」(同大広報)ため、保護者の経済的負担感は軽くなる。

 個人的には「今回の奨学金、対象者を増やせばいいのに」と思うのだが、操縦士育英会事務局の担当者は「各団体5人程度という枠は確かに小さすぎる。だが、奨学生1人につき大学側が30万円を負担するという仕組みのままでは学校経営上、増員は難しいだろう」と打ち明ける。国境、業界の垣根を越えた人材争奪戦が続く中、パイロットの採用試験以前の取り組みをどう進めるのか。志願者のみならず、航空会社の“受益者負担”意識も試されている。(経済本部 日野稚子)

最終更新:1/8(月) 10:00
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