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熊本経済を元気に! 震災で生まれたくまもとDMCの使命感

1/10(水) 6:35配信

ITmedia ビジネスオンライン

 安土桃山時代を代表する城造りの名手、加藤清正公が熊本城を築いたのは1607年ごろのこと。その後、加藤家が改易となって細川家が城主になると、二の丸や三の丸も整備され、全国でも有数の名城として知れ渡ることとなった。

現在の熊本城。天守閣大天守は再建工事の真っ只中。痛々しい様子だ……

 今では地元の人たちだけでなく、多くの歴史ファンなどに愛される熊本城だが、2016年4月に発生した熊本地震によって、天守閣大天守の屋根をはじめ、城のさまざまな部分が損壊した。現在城内は立ち入り禁止となっており、大天守の再建は19年秋ごろ、すべての復旧工事が終わるのは37年ごろになる見通しだ。

 もちろん熊本城だけでない。今なお町中には土木を積んだ大型トラックが行き交うなど、震災復興はまだ道半ばといった状況だ。

 「ただ単に元に戻すという復旧ではなく、創造的に復興することが熊本には必要なのです」――。こぶしを握り締めてこう力強く語るのは、くまもとDMCの梅本茂副社長だ。

 くまもとDMCは、日本版DMO(Destination Management Organization:目的地型観光振興会社)として16年12月に設立。観光庁の定義によると、日本版DMOとは「地域の稼ぐ力を引き出すとともに、観光地経営の視点に立った観光地域づくりのかじ取り役として戦略などを策定、実行する法人」とされている。なお、DMCはDestination Management Companyの略。くまもとDMCがユニークなのは、地元の自治体と地域銀行が出資する民間企業であることだ。これは国内初の事例である。

 さて、創造的な復興とはどういうことか。

 「例えば、インフラや施設を元通りにした上で付加価値を高めるのは当然のこととして、さらに社会システムも新しく作り直すことができるのであれば、これを機に刷新しようということです」と梅本副社長は説明する。

 熊本の街を震災前のように戻すのは確かに大切である。しかし、それだけでは将来的な経済発展にはつながらないという考えが根底にあるのだ。

 実は数年前から「地方創生」をテーマに、熊本県と肥後銀行は共同プロジェクトを実施しており、例えば、県産の農林水産物を輸出推進すべく香港に共同で事務所を構えるなど、熊本の経済活性化に力を注いでいた。ところが、先の地震によって県は被災対策などで多忙を極め、新しいことになかなか踏み出せない状態に陥った。そこで肥後銀行が中心となって立ち上げたのがくまもとDMCなのである。

 「前々から熊本は農作物も、水も、自然も良いし、観光の総合力としては優れていると言われてきましたが、それを具体的な形にする人がいなかったのです。くまもとDMCの役割は、地域の新しい価値を創造し、その総合力を形にしてビジネス化することです」と梅本副社長は意気込む。

 同社の事業内容は、地域ブランドの企画や立案、着地型旅行商品の販売、地元のホテル・旅館向けデジタルマーケティング業務支援、観光ビッグデータ分析など多岐に渡るが、設立からの1年間はそれらを実現するための基盤作りに注力した。震災からまだ日が浅く、傷ついた人が大勢いる中で関係各所にコンセンサスを得るのは苦労したという。

 「ビジネスとして立ち上げるまでにはリスクがたくさんあります。けれども、震災後の今の時期だからこそ新しいシステム基盤が熊本には必要だということでこの会社ができました。しかもDMOではなくDMCにした方が継続性が出るし、収益を確保するために必死になります。悪戦苦闘してでもその目的を果たすべきです」と梅本副社長は力を込める。

●自治体同士をつなぐ

 そうした中でくまもとDMCは何に取り組んできたのだろうか。

 1つは県内の自治体同士をつなぐことだ。従来はたとえ隣町であったとしても共同でイベントやサービスなどを立ち上げることはほとんどなかった。しかし、観光面で考えたとき、“縦割り行政”でサービスがなされていては、広域エリアを自由に移動する観光客にとって不便極まりない。行政主導の観光施策はユーザー視点に欠けるということの表れである。

 例えば、阿蘇山の周辺エリアは複数の町から成るが、地形的に交通が分断されていたため、それぞれが独自に発展してきた歴史的背景があるという。従って、一堂に会して阿蘇エリア全体のことを考えるのはほぼなかった。その間にくまもとDMCが入り、コーディネーターとして各自治体をつなげる役割を果たすようになった。

 コーディネーターとしての具体的な成果は17年10月に開催した「第1回熊本復興祈念ロードフェスタ」だろう。これは西原村、御船町、嘉島町、益城町を舞台に行われた自転車レースで、参加者に復旧・復興作業が続く熊本の今を見てほしいという目的があった。ただし、当初は自治体同士の連携がなかったため、起案した1つの町の中で同じコースをぐるぐると回るような計画だった。隣接する自治体も「予算がないから企画に乗れない」「お金を負担してくれるなら参画する」などと後ろ向きだった。これではうまくいくはずがないと、くまもとDMCが調整役となって開催にこぎつけた経緯がある。

 「レースをするなら警察に許可をもらい道路を通行止めしなければなりません。それもくまもとDMCが中心になって行いました。ただ、今回は私自身も各自治体を回って説得に当たりましたが、まだ余力がないということで本当の意味で町と一緒にイベントを作ることは叶いませんでした。来年以降はすべての町とスクラムを組めるように仕掛けていきたいです」(梅本副社長)

●付加価値の高いオプショナルツアーを

 もう1つ、くまもとDMCが取り組んだのは、インバウンド観光客向けの施策である。現在熊本は、八代港に中国などからのクルーズ船が寄港したり、熊本空港に韓国や香港からのLCC(格安航空会社)が発着したりと、アジアを中心とする海外観光客が増えている。16年の外国人宿泊者数は約48万人で、19年にはこれを120万人にする目標である。しかしながら、これまでは彼らの受け入れ態勢が整っておらず、観光ガイドや土産販売などの面で大きな機会損失があったという。

 そこでくまもとDMCは多言語対応のコンタクトセンターを設けて海外観光客の受け入れ態勢を強化したほか、特に数の多い中国人観光客の買い物をフォローするため、熊本市の店舗に「Alipay」や「WeChat Pay」といったモバイル決済の端末を導入した。

 「中国はキャッシュレスが進んでいて、観光客も現金を持っていない人が多いです。そこで今年10月から実証実験で熊本城のふもとにある飲食・土産エリアの『城彩苑』や市内の商店街など数十店舗に端末を入れています。既に2700件(17年11月末時点)の利用があり、手応えを感じています」と浦上英樹専務取締役は話す。今後はクルーズ船がやって来る八代の商店街などにも導入を広げていく予定だという。

 県内の観光資源にももっと付加価値を与える考えだ。例えば、欧米の富裕層向けのオプショナルツアーとして熱気球体験を売り出したいという。現在も既に阿蘇エリアで熱気球に乗ることができるが、料金は2000円程度。この価格は安すぎるとくまもとDMCは見ている。「海外だと熱気球に乗るようなオプショナルツアーは2万円を超すものもざらにありますが、多くの観光客は喜んで参加しています。観光商品は安いから人気があるとは必ずしも言えません。英語が話せるツアーガイドが同行するなど付加価値を高めれば、もっと料金を高めに設定しても観光客は満足してくれるはずです」と浦上専務は述べる。そして、その熱気球が観光ビジネスになれば、ここで働きたいという若者も出てくるのではと、雇用や移住の促進にも期待する。

 くまもとDMCが目指すのは、海外を含めた熊本県内外のさまざまなものをつなぐプラットフォームになることだ。その融合が熊本に価値をもたらし、観光産業を成長させるドライバーになるという。企業との連携も積極的で、例えば、観光にかかわるさまざまなデータを収集、分析し、熊本への観光客増を図るために、データサイエンス専門のベンチャーであるデータビークルとタッグを組むなど、オープンイノベーションに前向きだ。「地域の魅力を皆で作り上げる、これは今までの熊本にはなかった動き」(梅本副社長)だという。

 くまもとDMCの17年度の売り上げ目標は3億円で、その後の黒字化も視野に入れている。民間企業として観光ビジネスに取り組む以上当然のことであるが、「真の目標は地域に稼ぐ力、雇用する力をしっかり身に付けさせること」だと梅本副社長は繰り返す。自分たちがもうかるための事業ではなく、地震で深く傷ついた熊本が以前よりも経済発展してほしい、そのための収益基盤をくまもとDMCが作り、地域に還元していくことが何よりも大切だと考えている。

 現に、今まで観光とは無縁だった農業従事者や漁業従事者も巻き込みつつある。地域還元という思いがなければ、このように多くの人たちの参画は得られないだろう。

 16年の熊本の観光消費額は地震の影響をもろに受け、対前年比15.0%減の2564億9700万円と大きく落ち込んだ。17年は観光客数も伸びていて、震災前の水準に回復しつつあるようだ。けれどもこれは震災特需の要素もあるため、長い目で見れば観光産業を伸ばす自助努力が不可欠なのは明白である。街の復興と経済発展に向け、くまもとDMCへの期待は大きい。

 一方、これまでの日本のDMOは一般社団法人が主体で、意思決定のスピードが遅いなど、どうしても行政的な取り組みが色濃く出ていた。それに対し、くまもとDMCは民間企業として生まれたわけだが、万が一、立ち行かなくなるようなことがあれば、今後日本でDMCは根付かないのではないかという危惧もある。くまもとDMCが果たす責任もまた大きいことは肝に銘じておかねばならないだろう。

 熊本出身の歌手、森高千里さんには故郷をテーマにした曲が多い。「この街」では生まれ育った街に対する愛情を、「ふるさとの空」では故郷を離れる寂しさと、忘れ難い夕日の美しさを歌う。自分の地元を思う気持ちはきっと多くの人たちにあるだろうが、今回の取材で熊本を訪れ、熊本の人たちの郷土愛の強さを肌で感じた。

 夕焼けで赤く染まる熊本城が多くの観光客を魅了する日が再び来るのを願っている。

(伏見学)