ここから本文です

大舞台 入賞支えたい スキー距離部長・富山の蛯沢さん

1/10(水) 0:23配信

北日本新聞

 平昌(ピョンチャン)冬季五輪の開幕まで9日で残り1カ月となった。ノルディックスキー日本代表の距離部長を務める蛯沢克仁さん(45)=立野ケ原SC、富山市=が同日、北日本新聞の取材に応じ、「1人でも多く上位入賞者を出したい」と決意を明かした。県選手として1998年の長野から3大会連続で五輪に出場し、日本のスキー距離界をけん引する存在だった。平昌では距離の監督就任が見込まれており、サポート役として初めての大舞台に臨む。現役時代を振り返り、「五輪のメダルを目指すプロセスが自分を成長させてくれた」と語った。(社会部・野村達也)

 蛯沢さんは青森県出身。中央大を卒業後、1995年に川田工業スキー部(南砺市苗島、2006年に廃部)へ加入。1998年の長野五輪では男子40キロリレーでの7位入賞に貢献した。2002年ソルトレークシティー、06年トリノの両五輪にも出場を果たし力走を見せた。

 09年に国際大会から引退。同年に全日本スキー連盟の距離ジュニアコーチとなり、16年12月には同連盟の距離部長に昇格した。強化部門のトップに立つきっかけとなったのは、テレビで見ていた14年のソチ五輪でのレース。日本選手が海外勢に周回遅れにされていた。「自分が長年やってきた種目で、日本人も戦えることを証明したい。夢や希望を与えたい」。自分が打ち込んできた競技の未来を思う気持ちが、心を突き動かした。

 スキー競技の中でも体格の差が結果に表れやすい距離は、日本勢に不利という見方もある。距離で日本人選手が獲得した五輪のメダルはゼロ。だがそんな“定説”は意に介さない。「体格は平均的な話で、個々の選手には当てはまらない」。選手時代に五輪でメダルを取れなかったことは「今でも悔しい」と言う。

 ノルディック複合男子の平昌五輪代表候補となっている富山市出身の山元豪選手(22)=ダイチ=と、よく言葉を交わす。昨春には「競技に集中できる環境づくりが大事」とアドバイスした。自身も川田工業に入社し好成績をマークするようになったからだ。昨年、早稲田大を卒業した山元選手は、より良い練習環境を求め長野県白馬村へ移住。12月のワールドカップで7位入賞するなど急成長を遂げており、蛯沢さんは「県選手として五輪を盛り上げてほしい」と期待を込める。

 平昌では現地で選手たちを支える。「五輪は目指すために多くの時間を費やす価値がある大会。独特の緊張感を楽しんでほしい」とエールを送った。

北日本新聞社

最終更新:1/10(水) 15:24
北日本新聞