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小林至氏、星野さんから楽天フロント入り要請も断腸の思いで固辞… 覆水盆に返らず「一度仕えてみたかった」と後悔

1/11(木) 16:56配信

夕刊フジ

 【小林至教授のスポーツ経営学講義】

 星野仙一さんの突然の訃報に、驚きと悲しみの思いで一杯だ。

 星野さんとは、直接仕事をご一緒したことはないが、よく声を掛けてもらった。チームづくりや球界のありかたについて、わたしのような者にも意見を求め、そうか、そうか、と真剣に耳を傾ける姿に、星野さんの人望の厚さの一端を垣間見た気がしていた。

 実はホークス退団後、熱心に楽天のフロントに誘っていただいた。

 「一緒に新しい歴史を創ろう。調整が必要な方面があれば、どこへでも行くよ」

 涙が出るほどうれしかったが、当時わたしは大恩あるホークス球団から、勤続10年を節目に研究の世界に戻る決断をしたばかりで、断腸の思いで固辞した。急逝の報に接し、一度星野さんに仕えてみたかったとの後悔の念に駆られてならないが、覆水盆に返らず。

 その後もお会いする機会は何度かあり、野球人口の減少と、野球界が組織的・包括的な普及活動をできていないことについて、「プロもアマもセもパもない。野球界が一体とならないと野球に未来はない」と深く憂えていた。

 実際、未来を担う少年少女の野球離れは深刻だ。全日本野球協会によれば、この10年間で小中学生の野球人口は66万→49万と26%減である。同期間における子供人口(中学生以下)の減少率は8%足らずだから、少子化の影響と片づけるわけにはいかない。

 また、デジタル時代の子供たちは、スポーツをやらずに家でゲームやスマホに興じてばかりいるわけでもない。同期間に小中学生のサッカー人口は52万→55万と6%増加している。サッカーは日本サッカー協会を頂点とした一気通貫の組織体制を持ち、各地域で公的機関とも連携し、場所と時間を確保し、綿密なライセンス制度を通してノウハウを身に着けた指導者が、子供にその楽しさを伝道する「投資活動」を展開している。要するに、普及活動をきちんとした競技と、しなかった競技で、これだけの差異が生じたということだ。

 プロ野球関係者と各界の著名人に加えて、多数のアマチュア野球関係者が招待されていた、昨年11月28日の野球殿堂入りパーティーで、お祝いを申し上げた際に返ってきた言葉は、「おお、来てくれてありがとう。底辺拡大、頑張っていこう」だった。野球に育てられたものの1人として、微粒子ではあるものの、星野さんの遺志を継ぐ志を持ち続けていきたい。

 心からご冥福をお祈りいたします。

 ■小林至(こばやし・いたる) 1968年1月30日生まれ。東大から1991年ドラフト8位で千葉ロッテに指名され入団。史上3人目の東大卒プロ野球選手となったが、1軍登板なく93年退団。その後、米コロンビア大で経営学修士号取得。02年から江戸川大学助教授。05年から14年までソフトバンク球団取締役を兼任。現在、江戸川大学教授、専門はスポーツ経営学。

最終更新:1/11(木) 16:56
夕刊フジ