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<修験道>山伏の宿坊復元へ 求菩提山で豊前市 福岡

1/12(金) 14:00配信

毎日新聞

 修験道の聖地、福岡県豊前市の求菩提(くぼて)山(782メートル)で、かつて山伏が生活していた宿坊の一つが同市により、江戸期当時の姿に復元される見通しになった。修験道は1872(明治5)年に明治政府の廃止令で途絶えたため史料が少なく、関係者は修験道の歴史を伝える貴重な史跡になると期待している。

 求菩提山は平安-江戸期、多くの山伏が修行し、福岡、大分県境の英彦山(ひこさん、1199メートル)と共に修験道の聖地と称された。当時は数百の宿坊があって山伏が起居していたが修験道の廃止とともにほとんどが姿を消した。

 復元されることになったのは、江戸後期の建築とみられる「滝蔵坊(りゅうぞうぼう)」。木造平屋の寄せ棟造りで98平方メートル、高さ8メートル超ある。求菩提山と英彦山に残る十数軒の建物のうち最古級で、2000年までは建物を所有する山伏の子孫が住んでいたが、現在は空き家で建物も市に寄付されている。

 市教委によると、腐食が進み倒壊の危険もあるため一度解体し、使えない部材だけ新調して再びかつての状態に組み上げる。費用は試算中で18年度にも国の補助事業を申請する。

 九州山岳霊場遺跡研究会の会長で九州大の西谷正名誉教授(考古学)は「とても貴重な史跡で復元する意義は大きい。実際に宿泊体験などもできれば、修験道の歴史継承にも役立つ」と期待する。

 山伏の家系で11~14代が滝蔵坊に住んでいた宮部家の15代目、宮部正広さん(69)=福岡市南区=は13代目の祖父が健在だった幼少の頃、毎年の夏冬、春休みを滝蔵坊で過ごしたという。「荒れていく姿に胸を痛めていた。厳しい修行を積んだ先祖の魂も喜んでくれる」と復元を心待ちにしている。【津島史人】

最終更新:1/12(金) 14:00
毎日新聞