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カヌー騒動の波紋が、学生にも広がり始めている

1/12(金) 15:23配信

ITmedia ビジネスオンライン

 スポーツマンシップにあるまじき、前代未聞の愚行と言っていい。昨秋に石川県小松市で行われたカヌースプリントの日本選手権でカヤックシングル(1人乗り)に出場した小松正治選手の飲み物に、ライバル関係にあった鈴木康大選手が故意に禁止薬物を混入していたことが発覚。日本カヌー連盟が発表し、大きな波紋を広げている。

カヌー騒動は、中高生にまで影響が出ている

 鈴木選手はインターネットを通じて「筋肉増強剤」と称される禁止薬物のメタンジエノンを入手すると日本選手権のレース中、放置されていた小松選手のボトルを見つけて混入。レース後、1位の小松選手はドーピング検査で陽性となり、暫定的な出場停止処分を受けることになる。しかしいわれなき罪を小松選手が簡単に受け入れられるはずもなく、警察に被害届を提出するなど必死の抵抗を続けていた。

 そうしたなか、鈴木選手が自ら日本カヌー連盟の古谷利彦専務理事に電話を入れ、混入を認めた。その後、日本カヌー連盟の聞き取り調査で鈴木選手は数年前から小松選手だけでなく他のライバル選手にもパドルに細工をしたり、練習用のGPSを盗んだりしたことも明らかになっている。ドサクサに紛れて金銭まで盗んでいたというから、もはや「犯罪者」のレベルだ。

 こうした愚行に及んだ理由について鈴木選手は「東京五輪に出るためにも、どうにかしてライバルを陥れたかった」。これまでジュニア時代からカヌーの才能を開花させ、活躍の幅を広げてきたものの五輪出場の切符はつかめていなかった。

 一度は現役から退いてカヌーから離れたが、北京五輪に出場経験のある妻ら家族の強い勧めもあって現役復帰。しかしながら長いブランクと加齢によって思うように結果が伸びず、夢の東京五輪代表の座も遠くなる一方だった。そうした状況に強い焦りが生じてしまったのかもしれない。とはいえ、いかなる理由があるにせよ一切の擁護などできるはずがないのは明白だ。

●衝撃のストーリーが現実に

 鈴木選手は年下の小松選手と本物の兄弟のように親しい間柄だった。ライバル関係にあるといってもお互いに存在を認め合い、時には良き相談相手として何でも本音を話せるじっこんの仲とカヌー界の中でも評判だった。だからこそ小松選手がドーピング検査に引っかかって処分を受けた直後、真っ先に電話を入れた相談相手は皮肉にも鈴木選手であった。

 まるで映画やテレビドラマの題材になりそうな衝撃のストーリーが現実になってしまったのだ。ただ、この騒動は実を言えばカヌー界だけでなく他のアマチュアスポーツ界にまで徐々に拡大していきそうな懸念が見え隠れし始めている。

 筆者は平昌五輪に関する取材が日に日に増えていて、最近は日本オリンピック委員会(JOC)の関係者と会う機会が多い。この騒動直後、同関係者の1人が気になるコメントを発していた。

 「人間ならば誰でも大なり小なり奥底にある“闇”の部分が出てしまった。普通ならば『やってはいけない』という理性が働くから、こんな愚かなことはやれるはずがない。ところが、この騒動では人間の理性によって起こるはずがないと思われていた『防波堤』が完全に決壊してしまったのだ。今後は第2、第3の鈴木選手が現れる前に我々は策を講じなければいけない」

 今回のカヌー騒動によって、あまりにもナーバスになって警戒し過ぎると無実の人間を陥れるハメになり、逆に大きなマイナス要素へとつながってしまうかもしれない。同関係者によれば、特に中高生たちにおいて気になる報告がきているという。その一部を紹介する。

 「ある高校のスポーツ部活動で使用する飲料用のマイボトルに選手たちが“何か混入されるかもしれない”と過剰に神経を尖らせるようになった。その中の数人がインフルエンザになって体調を崩すと、それまでボトルを管理していたマネージャーが“お前が何か入れたんじゃないのか”と完全な濡れ衣を着せられて一部から嫌がらせを受けるようになってしまっている」

 「同じ高校のチーム内にいるライバル同士の部員が今回の騒動をニュースで知った後、なぜかお互いが口をきかなくなって距離を置き始めた。聞き取りをしたところ、それぞれが『カヌーの鈴木みたいに、こいつはオレをどうにかして落としてやろうと思っているに違いない』『こいつこそ自分の飲料水や食べ物に何か変なモノを混入して、自分の足を引っ張ろうとしているに違いない』などと語り、疑いの目を向け合っている。同じチームのメンバーとして団体戦にも打って出なければいけないのに、顧問は『このままではどうすればいいのか』と頭を抱え込んでいる」――。

●スポーツ界の信頼を大きく揺るがす“大事件”

 さらに深刻な報告が上がってきている。カヌー騒動の余波によって「妄想性パーソナリティー障害」のような症状がスポーツ部活動に励む一部の中高生の間で見られ始めているというのだ。

 他校の選手どころか身内にまで蹴落とされるかもしれないとの恐怖感から「他人がまったく信用できなくなった」「仲が良くても裏切られることだってあるから、親友も信用できない」「一体誰を信用したらいいのか、正直まったくよく分からない」などといった過剰な心配を膨らませることにより、スポーツや部活動に専念できない精神状態となって塞ぎ込んでしまう中高生が出始めているというのである。

 こうした情報を聞いても「大げさ過ぎる」と信じられない人も多いかもしれない。しかしながら繰り返すが、これは事実であって氷山の一角。スポーツの部活動に励む中高生たちは大人と違ってまだまだ純真無垢なところがあり、このように自分たちにも置き換えられそうな衝撃の話を見聞きすれば、大きなショックを覚えてしまうのも当然だろう。無論、JOCに報告として上がってきていない事例もまだたくさんあるに違いない。

 いずれにせよ、解決策は各スポーツの大会主催者側がレースや試合中、飲み物のボトルなども含めた参加選手の使用器具を一括管理して、第三者に触れられないように徹底するしかない。そして“第2、第3の鈴木選手”を生み出さないために、協会側はスポーツマンとしての心構えを伝え、人間育成にチカラを入れなければいけない。もう二度と不正が行われないような環境づくりが整えられれば、周囲から濡れ衣を着せられるような人もいなくなるだろう。

 中高生のスポーツ部活動で起きている異変を察知し、改善させることができなければ、2020年の東京五輪も絵に描いたモチに終わってしまう。カヌー騒動はクリーンなイメージが漂っていた日本スポーツ界の信頼を大きく揺るがす“大事件”なのだ。政府機関であるスポーツ庁も本腰を入れて再発防止に取り組んでほしい。

(臼北信行)