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大相撲の「地位」築いた天覧相撲

1/12(金) 16:55配信

時事通信

◇復興と平和の象徴
 大相撲初場所で予定されていた天皇、皇后両陛下の観戦が取りやめになった。元日馬富士による傷害事件などを考慮したためだという。相撲協会は2011年2月の八百長メール発覚後、約4年間、観戦願いを自粛していたことがあり、またも不祥事で天覧相撲が行われない事態となった。

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 古来、宮廷儀式の一つとして天皇臨席で相撲が行われたのとは別に、現在の天覧相撲につながる流れは明治時代に始まった。特に大きな契機となったのは1884年、旧浜離宮庭園で行われた大規模な天覧相撲で、これが広く国民に知られた。この天覧は伊藤博文の働き掛けで実現したといわれる。当時の大相撲は社会的地位が低く、衰退しかけていたのが、天覧相撲でステータスが大きく向上し、今日の大相撲の位置付けにつながっている。
 最初に国技館で一般の観客とともに本場所を観戦したのは昭和天皇で、1955年夏場所だった。即位後初めての大相撲観戦で、この際の御製「ひさしくも 見ざりしすまひ 人びとと 手をたたきつつ見るがたのしさ」を刻んだ碑が蔵前国技館に建てられ、後に現在の国技館へ移された。
 昭和天皇は好角家として知られ、天覧相撲は87年夏場所まで40回に上る。65年夏場所中に大鵬、柏戸の両横綱がピストルを不法所持していたことが発覚した際も、警視庁の事情聴取が場所後となって両横綱は相撲を取り続け、天覧相撲も予定通り行われた。
 天覧相撲の日は、協会幹部や力士によるお出迎え、正面を向いてそんきょする幕内土俵入りなど、普段と異なる様式も見られる。昭和天皇お好みの力士は押し相撲一筋の富士桜。制限時間いっぱいになると、貴賓席で身を乗り出す姿がテレビで茶の間に流れた。
 詳しい質問をされるので、説明役の歴代理事長が冷や汗をかくこともあった。春日野理事長(元横綱栃錦)は新鋭・蔵間の将来性を尋ねられ、大関になりますと答えたが、腰痛などで足踏み。「蔵間は大関にならないね」と言われた春日野理事長はひたすら謝り、後で蔵間を「陛下にうそを申し上げたことになったじゃないか」と叱り付けた。
 スポーツの競技会や演劇、音楽会は競技者や出演者と観客が同じ空気の中で興奮と感動を共有するところに醍醐味がある。天覧の日程は事前に知らされないが、たまたまその日に国技館を訪れた観客の多くは、「観戦記念」として光景や喜びを記憶に刻む。「人々と 手をたたきつつ見るがたのしさ」は、戦後の復興と平和の象徴でもあった。
 85年に開館した現国技館の建設に当たっては、1階に貴賓席を作ることも検討された。警備などの問題で実現せず、春日野理事長は「お好きな相撲をもっと近くでお楽しみいただこうと思ったんだが」と残念がった。89年1月7日に崩御されると、相撲協会は翌日の初場所初日を1日遅らせる異例の措置を取っている。

◇4年間の空白も
 平成の天覧相撲はこれまで22度。直前に野球賭博事件が起きた2010年名古屋場所、相撲協会は幕内優勝力士への天皇賜杯授与を自粛したが、場所後に優勝力士・白鵬への陛下の祝意を伝える書簡が、宮内庁から相撲協会に届いた。相撲界が不祥事の連続で激しい非難を浴び続けていた時で、親方衆は「久々の明るいニュースだ。これで風向きが変わるかも」と期待した。翌年初場所には初日に天覧相撲があり、放駒理事長(元大関魁傑)は「こんなに早くおいでいただけるとは」と感激したものだ。
 ところが、直後の2月に八百長の存在を示す多数の携帯メールが発覚した。春場所を中止して5月も入場無料の技量審査場所として行い、天皇賜杯の授与を自粛。天覧相撲は、陛下の心臓手術もあって4年間行われなかった。
 折しも公益法人制度改革が進められ、他の競技団体が次々と公益法人になる中、相撲協会の公益財団法人移行は難航した。相撲界独特の仕組みや実態を新制度と擦り合わせるのが難しかった上に、不祥事の連続で公益法人の資格なしとする厳しい世論にさらされたためだ。放駒理事長は移行に向けた協議を一時凍結している。
 そんな状況下でも、大相撲と皇室の結び付きは特別なものがあり、当時、内閣府との折衝に当たっていた協会員は、「国も困っていて、早くしろ、しっかりしろと言う。陛下がご覧になる大相撲が公益法人にならないわけにいかない、ということのようだ」と明かした。
 他の競技でも天皇杯・皇后杯の授与は多いが、天覧試合となると、59年のプロ野球、巨人‐阪神戦(後楽園球場)など数えるほどしかない。天覧は大相撲と皇室の関係を示し、明治以来、大相撲が社会的地位を保ってきた「命綱」といってもいい。
 それを控えることで、相撲協会としては反省の意を示した形にはなるが、一方で、こんな時に入場券を買ってくれた観客から貴重な機会を奪ったことにもなる。相撲の長い歴史の中で見れば、天覧相撲で社会的地位がつくられたのは「最近」のこと。度重なる愚行は、いよいよ「命綱」をも脅かすことになりかねない。(肩書などは当時)(時事ドットコム編集部)

最終更新:1/12(金) 20:10
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