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【二十歳のころ 大西卓哉(4)】宇宙飛行は高校野球や五輪のよう

1/12(金) 15:00配信

サンケイスポーツ

 宇宙飛行士といえば、屈強とか頑健というイメージがありますが、大切なことは健康体であること。自分は運動神経が悪くて、実際、運動嫌いなんですよ。

 野球漫画の「タッチ」の影響もあって、子供のころから高校野球を見ることが大好きなんです。大学生になって、実際に甲子園球場(兵庫・西宮市)へもよく行くようになりました。大学で草野球サークルにも入っていて、そのなかの友人のひとりに甲子園好きがいたんです。あのころ「青春18きっぷ」を使って東京から(岐阜県)大垣行きの夜行列車などに乗って、丸々2日間観戦。急いで帰ってくるようなことをしていました。熱かったですよ。

 (1996年夏の甲子園大会)松山商(愛媛)-熊本工(熊本)の決勝戦での「奇跡のバックホーム」。このときもアルプススタンドにいました。松坂大輔投手(前ソフトバンク)がいた横浜高(神奈川)とPL学園(大阪)の延長17回の試合(98年夏準々決勝、横浜の勝利)、その大会の準決勝で横浜高が6点差を逆転して明徳義塾(高知)に勝った試合は甲子園で見たなかでも印象に残っています。

 ノックアウト方式の高校球児の1試合は、プロとはまた違った意味で重みが違うと思うんです。4年に1度の五輪もそう。努力の結晶をぶつけ合う一度きりのチャンスからドラマが生まれる気がします。宇宙への飛行も、何度もあるわけではありませんから。

 最後に支えてくれるものは練習と同じ、訓練だと信じています。僕も宇宙飛行士になってから宇宙へ行くまで7年間、それこそ、いろいろなトレーニングをやってきた。でも、ひとつだけ自分にもわからないことがあった。打ち上げのその瞬間です。実際に出発する宇宙船に座ったときの心境だけは、自分でも想像がつかなかった。きっと、どんなに厳しい訓練を受けていたとしても、それだけはわからなかったと思います。

 訓練は所詮、コンピューターによるシミュレーション。自分の命をかけて、実際にロケットへ乗り込み、打ち上げの瞬間に向けたカウントダウンが始まったとき、自分に自信が持てなくてその場でものすごく怖くなったり、逃げ出したくなったらどうしようと本気で心配していました。

 ですが、打ち上げ当日、宇宙船のなかに座って準備しながら、そのときを待っている自分はビックリするくらい落ち着いていたんです。本番のプレッシャーや一発勝負を乗り切るには結局、どれだけ練習、訓練をしてきたか。まずそれをやってきたか、そうでないかが大前提です。

 宇宙から地球へ戻ってきて人生観がかわったか、と問われれば何もかわりませんでしたと答えます。宇宙はまさに期待どおり。「夢」や「希望」がみえた。自分が心から楽しい、大事だと感じたことをこれからも伝えていくつもりです。(おわり)