ここから本文です

【神になりたかった男 徳田虎雄 番外(下)】 「医師・徳田」を生み出した徳之島

1/12(金) 11:04配信

ニュースソクラ

闘牛、選挙ギャンブル、闇社会・・・混沌と熱の島

 徳洲会と徳田虎雄氏の取材を始めて、まっさきに気になったのは、その名前だった。「徳洲」とは、徳田氏の故郷、「徳之島」を指す。医療法人徳洲会ができる前に徳洲会という組織はあった。関西の徳之島出身者の親睦団体である。

 当初、同郷会の人びとは、「徳洲会は徳田の専売特許ではない」と反発したが、破竹の勢いで徳田氏は病院を増やす。いつの間にか徳洲会イコール徳田氏のイメージが確立された。

 これほど徳田氏がこだわった徳之島とは、どのような場所なのか。

 2016年夏、沖縄本島での取材後、RAC(琉球エアコミューター)で奄美大島を経由して徳之島に入った。奄美群島の一つ、徳之島は面積約248キロ平方メートル、東京都新宿区の約14倍で、人口は約27000人。島内には、徳之島、伊仙、天城の三つの町があり、サトウキビや果樹などの農業、黒糖焼酎の製造、キハダマグロやカツオの近海漁業が盛んだ。

 人口は少ないけれど、子だくさんで知られる。厚労省の「平成19年~平成24年人口動態保健所・市区町村別統計」によれば、特殊合計出生率の自治体第一位は伊仙町で2.81人。夫婦に子ども3人が平均的だ。徳之島町は2.18で5位、天城町が2.12で10位にランクされている。ちなみに新宿区は全国1739位で、0.85。伊仙町の3分の1以下である。

 子宝に恵まれるのに人口が減っているのは、高校卒業後、進学や就職で島外に出た若者が、なかなか戻ってこないからだ。近代以降、薩摩と沖縄の狭間で奄美群島が負わされた「出稼ぎ」の宿命は現代にも引き継がれている。

 そして、徳之島の気質が凝縮されている文化が「闘牛」。島民が手塩にかけて育てた1トンを超える牛が角を交える。勢子と牛が一体となってくり広げる攻防は迫力満点だ。闘牛大会に響く「ワイド、ワイド」のかけ声は徳之島の「熱さ」の象徴である。

 そんな徳之島で、1980~90年代初頭にかけて徳田氏と自民党の保岡興治氏(元法務大臣)がくり広げた選挙戦は「保徳戦争」と呼ばれるほど壮絶だった。当時の実情について関係者に話を聞くと、じつにあっけらかんと「金打ち(買収)」の方法を語ってくれた。

 詳細は、拙著『神になりたかった男 徳田虎雄』(平凡社)に記したが、金打ちは投票日にも行われた。たとえば、ある運動員は投票日の朝、パチンコ屋に向かう。そこでどちらに投票するか決めていない人を見つけて、幾許かの金とともに投票用紙に似せた白い紙を渡す。

 「これに○○と書いて箱に入れ、正規の投票用紙は持ち帰ってほしい」と依頼する。

 お金を受け取った人が投票を終え、正規の投票用紙を持って来たら、次に買収した人に投票用紙を渡し、同じように依頼をする。リレー式に支持候補の札が投票箱に入る仕掛けだ。

 「バブル全盛期で、土建業界を中心に島にも金が落ちていた。感覚が麻痺していましたね。選挙は、農林水産業、商業、工業に次ぐ『第4次産業』といわれるぐらい金が投じられていました。冷静に考えれば、不正だと思いますよ。しかし、島全体が興奮状態で、選挙を対象にしたギャンブルに大金が注ぎ込まれる。勝てば極楽、負けたら地獄。とてつもないエネルギーが渦巻いていたとしか思えない。もう、昔の話ですけどね」と、元運動員は語った。

 そのころ、伊仙町から出稼ぎで本土に渡った人のなかには、アウトローの世界で生きる人も少なくなかった。伊仙町出身者には医師や教師、警察官が多い一方、山口組系暴力団の幹部にのし上がった人もいた。裏社会の大物が選挙にも口を挟む。

 そうした混沌のなかで「保徳戦争」は展開されたのだった。

 徳之島で人を訪ねて取材を重ね、美しい風景に何度も息をのんだ。とくに橋から眺めた、原生林が生い茂る深いV字谷と、面縄の海岸のサンゴ礁は私の網膜に焼き付いている。共同体が生みだす混沌と、原初の地勢、荒波が打ち寄せる海を目の当りにして、徳洲会と徳田氏を書くことは、徳之島のエートス(社会集団・民族を支配する心的態度)を掘り起こすことだと感じた。医療は、地域と密接につながっている。徳之島のエートスは、近代日本の歩みを支えた一典型だと思い至った。

 どこまで成功したかはわからない。読者のご判断に委ねるしかないが、徳之島という「核」がなければ、巨大病院グループは構築できなかっただろう。

 徳田氏は2歳のとき、両親に連れられ、生地の兵庫県高砂市から徳之島に移った。この事実は重要だ。徳之島で育っていなかったら、かれは医師にならなかったかもしれない。

(本文中敬称略)

 
■山岡淳一郎(作家)
1959年愛媛県生まれ。作家。「人と時代」「21世紀の公と私」をテーマに近現代史、政治、経済、医療など旺盛に執筆。時事番組の司会、コメンテーターも務める。著書は、『後藤新平 日本の羅針盤となった男』『田中角栄の資源戦争』(草思社)、『気骨 経営者 土光敏夫の闘い』(平凡社)、『逆境を越えて 宅急便の父 小倉昌男伝』(KADOKAWA)、『原発と権力』『長生きしても報われない社会 在宅医療・介護の真実』(ちくま新書)、『神になりたかった男 徳田虎雄』(平凡社)ほか多数

最終更新:1/12(金) 11:04
ニュースソクラ