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長嶋さんが…もの凄い屁をした/愛甲猛9

1/12(金) 6:01配信

日刊スポーツ

 愛甲は、同級生の安西健二と銭湯で誓いの儀式に臨んだ。野球部復帰に際し、頭を丸めようと決めた。

【写真】波乱万丈の横浜高校時代語る愛甲氏

 愛甲 互いの頭をそり合ったんだ。「2人で出直そう」「絶対にやってやろうぜ」って。

 ただ、安西の記憶は少しばかり違う。

 安西 あいつ、そり合ったって言ってた? 違うよ。オレが先にそってたら、入れ墨した怖いお兄さんが入ってきて「オレがやってやる」と言い出した。10円ぐらいのT字カミソリだから切れ味が悪くてさ、オレの頭は血だらけ。でも、文句言えないじゃない。それ見て愛甲は「オレはやめておく」ってそらなかった。これは絶対に間違いない。

 安西は大笑いしながら振り返った。再出発を誓った夜。何年たっても忘れるものではない。

 2人で監督の渡辺元の自宅に住む生活は、先輩の目もなく多少の自由が許された。

 渡辺 妻は大変だったと思いますよ。合宿所で40人の食事を用意して、帰宅したら2人の世話をする。でも、愛甲もそんな姿を見て感じたところがあったんじゃないかな。妻には心を許して、よくしゃべったらしい。止まらないくらいに話すと。私が帰ると、また黙ってしまうけどね(笑い)。気持ちを表に出すのがうまくないけど、本当はしゃべりたいんだなと思った。愛情を求めていたのかもしれない。

 愛甲は母子家庭で、母は仕事で忙しかった。紀子(みちこ)夫人ら渡辺の家族と過ごした約1カ月間は、愛甲にとって「家庭」を感じる貴重な時間になった。

 痛めた肩、肘、腰の治療も始めた。愛甲は、渡辺から紹介され数多くの病院を回った。OBの紹介で巨人のトレーナーにマッサージしてもらった経験もある。横浜スタジアムのトレーナー室に入れてもらった。

 愛甲 今じゃ許されないんだろうけどね。誰もいないトレーナー室でマッサージを受けていたら、当時監督の長嶋さんが「ちょっと腰もんでよ」と入ってきて隣に寝た。ビックリしたね。で、「君が愛甲君か」と言うなり、ものすごい屁(へ)をした。人の屁を聞いて感激したのは、この時だけ。仲間に「オレは長嶋さんの屁を聞いたぞ」と自慢したよ。

 2年の夏は決勝で横浜商(Y校)に敗れた。愛甲は準決勝の藤沢商戦で、2年連続となるノーヒットノーランを達成した。だが、決勝では10安打3四球で3失点した。

 愛甲 もう決勝では腰がダメだった。試合前には必ず痛み止めの注射をしてもらっていたけど、痛みではなくしびれていた。自分の体じゃないみたいだった。

 横浜商は身長192センチのエース宮城弘明を擁し、甲子園で4強入りする活躍を見せた。宮城は愛甲と同じ2年生だった。

 愛甲 悔しかったね。うちには「Y校には負けるな」って雰囲気があった。共学でチャラいイメージで、寮生活でもなかったからね。オレが故障してなかったら甲子園に行けただろうし、先輩に悪いと思った。

 上級生が引退し、愛甲たちが最上級生になった。例年通りに選手間投票でキャプテンを決める日になった。安西しかいない。選手全員がそう思い、実際、安西に票が集まった。だが、渡辺が突然「今年はオレが決める。キャプテン愛甲」と言った。

 渡辺 もちろん私も安西キャプテンを考えた。だが、愛甲に自覚を持たせないと、このチームはダメだと思った。それで指名した。影武者は安西ですよ。彼はキャプテンのタイプだったから。

 安西 オレは今でも納得していないんだよ(笑い)。グラウンドではオレがキャプテンのように呼ばれて怒られる。でも、表彰などは愛甲だからね。

 愛甲はキャプテンになっても、自己中心に振る舞った。(敬称略=つづく)

【飯島智則】

(2017年5月17日付本紙掲載 年齢、肩書きなどは掲載時)

最終更新:1/12(金) 6:13
日刊スポーツ