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【特集】中央公会堂の生みの親は「北浜の風雲児」

1/12(金) 14:27配信

MBSニュース

大阪・中之島にある「大阪市中央公会堂」はちょうど100年前に完成し、いまも当時と変わらぬ姿で多くの人に活用されています。実はこの公会堂の建設には、ある大阪商人が大きく貢献していました。

変わらず“美しい”中央公会堂

大阪・中之島の「大阪市中央公会堂」。クリスマスシーズンになるとプロジェクションマッピングも行われ、見る人の目を楽しませる大阪のランドマークです。

重厚な赤レンガ造りの建物は東京駅も手掛けた建築家・辰野金吾の設計。花崗岩の白とのコントラストが特徴的で、「辰野式」と呼ばれたデザインは当時、最先端のものでした。中はどうなっているのか、副館長の黒田さんに案内してもらいました。

「この部屋が中央公会堂で、最も大きなメインホールになります。大集会室という部屋です」(大阪市中央公会堂 黒田毅副館長)

正面から入ってすぐの部屋が、公会堂の顔ともいえる約1200人を収容できる大集会室。舞台を彩るアーチには金箔が施されていて、その上には大阪らしく四天王寺の舞楽で使われるお面や衣装をモチーフにした飾りが。天井には開業当初のものを復元したシャンデリアが集会室を照らしています。

集会室では時の総理大臣のみならず、ヘレン・ケラーや旧ソ連のゴルバチョフ書記長といった各国の要人が演壇に立ったほか、大阪大学の卒業式やコンサートなども行われてきました。

外から見てドームのようになっている部分。貴賓室として使われていた特別室です。鳳凰がデザインされたステンドグラスに壁には日本神話の商いの神や工業の神の姿が。当時、大阪が商工業で繁栄していた様子を象徴しています。さらに柱や床などにも職人の技が光ります。

「柱ですが黒い部分から下は自然の大理石なんですが、白い部分は石こうに色を混ぜて左官の職人が仕上げたもの。こういった技術ができる職人が現在ではいないと聞いている」(黒田副館長)

全て大理石を使ってしまうと莫大なコストがかかってしまうため、一部は匠の技でカバーしたのです。威風堂々としたたたずまいをいまに残す公会堂は映画の撮影などにも使われ、あの大物監督も公会堂の姿を絶賛していました。

「他のロケ場所もなくなって苦労していたんですが、おかげさまで華やかなシーンになりました」(深作欣二監督・1988年)
Q.本物は?
「全然違う、全然違います。量感・質感が全然違いますから、大事にしていただきたい」

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最終更新:1/12(金) 14:27
MBSニュース