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柳原陽一郎 「『三文オペラ』はニコニコ&フェロモンなし系の僕には難しい(笑)」/インタビュー2

1/13(土) 18:15配信

エキサイトミュージック

 
■柳原陽一郎/『オルケスタ・リブレ plays 三文オペラ』インタビュー(2/4)

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『三文オペラ』は人間の愚かさ浅ましさが描かれた現代を撃つ物語

──今回、歌手は柳原さん一人ですけれど、本来はもっとたくさんの人が歌っているんですよね?

柳原:そうです。主人公のメッキーや昔の恋人のジェニーが歌ったり、警視総監のブラウンや乞食の親玉のピーチャムが歌ったり。だけどこの『三文オペラ』では僕が全部を歌うことになっているので。そこはね、当初は誰も何も考えてなかったと思う(笑)。そもそもアルバムのなかの数曲として音楽優先で作っていったわけで、その流れで舞台もやることになったので。語弊を恐れずに言うと、僕らがやってる『三文オペラ』はジャズバンドによる音楽がトップなの。その演奏に歌や講談や芝居がどう絡んでいくかっていう。

──そこも、この『三文オペラ』の面白さですよね。歌手が一人、役者は一人、けれども講談師がいるっていう。その講談師の神田京子さんが歌ったりもして。

柳原:いろんな人物を歌うなかで、どうにも僕じゃ形にならない歌があって。さすがにこれは女性が歌わないとっていう曲は神田さんに台詞で言ってもらったり、歌の掛け合いをしてもらったり。また神田さんが歌のリズムがいいから、とっても助かりましたね。

──歌うということだと、常日頃歌っているのと『三文オペラ』の歌手を務めるのとでは違うものですか。

柳原:『三文オペラ』で歌うのは難しいです。朗々と歌おうと思えば、できなくもないんですけどね、自分のキャラのひとつにあるので。♪うぉあぁぁぁ~~~(←ミュージカルの歌い上げ系の発声)って。でもそうじゃないんですよね、『三文オペラ』は。しかも曲が歌曲だから、音符の飛びが激しくて。

──メロディーのアップダウンが。

柳原:そう。でもよく考えてみれば、そういう曲って、子供の頃に聴いていた歌謡曲にはあったなぁと。

──布施明さんの「君は薔薇より美しい」とか。

柳原:ジュリー(沢田研二)とか。だから曲を聴いたときになるほど、と思った。そういう感じで歌えばいいのかって。でも僕は全然、布施明な感じじゃないから、どうすればいい?って悩みましたね。また歌詞の内容から考えると「死刑になりたくない」みたいなダーティーな歌を朗々と歌ってどうするの?って話もあるわけ。

──歌の内容で考えるとボソッと歌いたい曲もあったり。

柳原:イメージとしてはジム・モリソン、ルー・リード系のボソボソ&フェロモン系の歌手がいいと思うんですよ。だけどそっちのタイプじゃないからね。ニコニコ&フェロモンなし系だから(笑)。そういう意味では、今でもそこをどう馴染ませるかが難しい。また曲の内容も後半なるにつれ、内省的で深刻度も増すからね。「死にたくないよ」とか、「助けてくれよ」とか。で、最後の最後には、なんだか賛美歌みたいな感じで終わるから。ほんと難しい。

──楽器を持たずに歌うということに関しては、どうですか。

柳原:……ほんとにヤダ(笑)。かといってギターを持って『三文オペラ』じゃ、それこそ悲劇じゃない。だから何もしないようにしてる。何もしないのが一番、突っ立ってればいいと。そこは東海林太郎先生、藤山一郎先生の立ち姿を思い浮かべてやってます。昔の人は、みんなそうだったんだから。もうね、いつも本当にメッキー・メッサーが死刑台に上るような心境でやってます(笑)。

──そこは覚悟を決めて。

柳原:そう。ドイツで『三文オペラ』の曲をやったときもそう(注・昨年、オルケスタ・リブレとドイツのジャズフェスに出演)。それだって、「どうして、そういうことを」って思わない? だって、外国人が日本に来て英語で演歌を歌うようなことでしょ。

──演歌じゃないですけど、レイ・チャールズは日本でサザンオールスターズの「いとしのエリー」を英語で歌っていますが。

柳原:……。そうね、ある意味レイ・チャールズ状態(笑)。だけど観客が自分をじっと見てる、あの視線って相当なプレッシャーですよ。だから『三文オペラ』は修行とも言える。でもその修行に耐えられるのは、クルト・ワイルのおかげですね。

──いい音楽だから。

柳原:本当にそう。これほど綺麗な音楽があるのかと思うから。そういう意味では『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』かなぁ、『三文オペラ』は。

──その心は。

柳原:なんでも入ってる、音楽の要素が。しかも元の熱気のまんま、かなり未消化で詰め込まれているような感じもありますね。

──それにしても『三文オペラ』は時空を越えて、すごく身近に感じられるところが不思議です。

柳原:人間の普遍的なところが描かれているからかなぁ。まぁメッキー・メッサーも底が抜けてない人だから。破滅型でも何でもなく、女が好きでお金も大好きで。ちゃんとギャラがいい仕事を選んでるっていうか。腐った資本主義社会のなかで底辺の人間が生きてくには、それしかないんだみたいな皮肉がこもってるというか。そういうのも今の時代を撃ってるような気がしますよね。

──だから、昔々の話には感じられないのかもしれませんね。

柳原:資本家対労働者みたいな感じで見ていけば、「貧乏人、頑張れ」みたいにすることもできたんだろうけど。それ以上に人間の愚かさ浅ましさみたいなことを、最後に笑ってやろうという意思があるから。それがブレヒトのすごいところだと思う。資本主義も共産主義も悪にまみれて、行き着くとこまで行き着いて。結局、「人間は愚かにグジャグジャしたまま生きてくっていうのが本当の姿だろうよ、この盗人達や悪人達のように」っていうのが的を得てるというか。それがしっかりと根っこにあるから、歌詞も書きやすかったんだと思う。だから歌うのはすごく大変だけど、翻訳ということに関しては、本当にこれほど楽しい仕事はなかったですね。