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【ちば新春人物記】ジェフ千葉・溝渕雄志選手 「今年は俺の年にする」宣言

1/14(日) 7:55配信

産経新聞

 「昨年は昇格プレーオフで苦い思いをした。サポーターのためにも、今年は最低限でも自動昇格。J1の舞台に上がりたい」-。ルーキーイヤーからジェフの右サイドバックで存在感を示した背番号30。「今年は俺の年にしますよ」と新年の意気込みを笑顔で語った。

 ◆憧れ続けたプロの世界

 高松市の出身。小学1年でサッカーを始め、中学時は地元のクラブチームで活躍し、全国大会にも出場。その才能を強豪・流通経大柏(柏市)のスカウトが見抜き、同高に入学、寮生活を始めた。

 1年で早くも転機が訪れる。これまでのボランチから、現在の右サイドバックへポジションを転向した。「コーチの勧めがあった。特に違和感はなかった」。サイドバックはなんでもできるポジションで、攻撃参加という華もあれば、守備で相手エースを封じる地道さもある。3年のときには先発選手として定着。全国ベスト8などにも貢献したが、プロから声がかかることはなかった。

 「さまざまな道が築けるようにしよう」と慶応大への進学を目指した。部活と受験勉強の両立は大変だったが、「しっかり勉強をする」という母との約束を守った。

 慶大入学後はサッカー部に入部。「大学の体育会は高校とは別物だった。サッカー以外の生活部分も評価対象になった」と、高校との違いに戸惑いも感じた。一番の思い出は4年の早慶サッカー定期戦。1万人を超える観客の大声援の中でプレーした。「試合には負けたが、あの観客の中でのプレーの高揚感は最高だった。忘れることはない」と振り返る。

 「高校卒業時にプロは諦めた部分もあったし、なれるとも思っていなかった」と、一般企業への就活もしていた。そんな中、ジェフからスカウトの声がかかる。「憧れ続けた世界を断るのは一生後悔すると思った」。悩み抜いた末、プロの扉をたたくことを決めた。

 ◆J1復帰へチーム牽引

 プロ最初のシーズン。求められるプレーの質は高くなり、食事などの生活面にも指示が入った。頑張るのは当たり前。確実な結果が求められた。

 昨年7月12日の天皇杯3回戦のガンバ大阪戦でプロデビューし、同月29日のJ2リーグ、愛媛FC戦を境に右サイドバックに定着した。

 昨シーズンは計14試合に出場、終盤の破竹の7連勝にも貢献した。ただ、現状に満足はしておらず、エスナイデル監督からの要求はまだまだ多い。「監督からの指示は一貫している。どれだけ自分が応えられるかの問題」と真摯(しんし)に受け止める。

 また、大学時の経験から、観客への感謝の気持ちも大きいという。昨シーズン最終節の印象が強く、「あれだけの声援をもらって本当に感動と元気をもらった」と繰り返す。今後もサポーター、フロント、選手がそれぞれの形で「ジェフ」を一層盛り上げたい。チームのさらなる飛躍を誓い、サポーターには継続したサポートを求める。

 「結果として出場できたのはシーズンの約3分の1。まだまだ納得していい数字じゃない」。そう昨シーズンを冷静に分析し、闘志を燃やす。「満足」という言葉を知らない右サイドバックが、15の新背番号で心機一転、10年ぶりのJ1復帰へチームを牽引(けんいん)する。(長谷裕太)=おわり

最終更新:1/14(日) 7:55
産経新聞