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<無知の知 「てんかん」という現実>序章 治療の現場で(3) 看護師の思い

1/13(土) 14:30配信

@S[アットエス] by 静岡新聞SBS

 乳幼児のてんかん患者が数多く入院している国立病院機構静岡てんかん・神経医療センター(静岡市葵区)のA4病棟。2017年12月初め、いつものように看護カンファレンス(会議)が始まった。報告者は山田久美子看護師(49)。現在は退院して保育園に通う園児のケースを引き合いに、てんかんに対する病院の内と外の隔たりを、見たまま感じたままに同僚に話した。

 退院前、保育士らに医師や看護師、療育指導のスタッフが発作への対応や発作による受傷防止策などを助言した。そのアドバイスは生かされているだろうか、新たな問題が起きていないだろうか―。山田さんはカンファレンスを前に、自分の目で確かめようと保育園へと足を運んだ。

 園児は通園バスではなく、家族の送り迎えを受けていた。病院で使っていなかった頭部を守る保護帽もかぶっていた。園側の対応に、発作への不安を直感した。「病院の外には、発作に対して『怖い』『危ない』という認識が強くあった」

 山田さんはA4病棟に勤めて約10年。他の看護師と同様に、ナースコールが鳴っても慌てることはない。コールの大半は、患者に発作が起きたことを意味している。それが山田さんにとっての日常。だが、病院から一歩離れた世界は認識がまるで違うと改めて思い知った。

 「てんかんにスティグマ(社会的らく印)があるとは知らなかった」。成人患者が入院するA6病棟の小林里美看護師長(44)は、着任した約1年半前を振り返る。

 小林さんのそれまでの約20年にわたる看護師経験は、ほとんどが急性期患者と向き合う現場。救命センターなどで、事故や病気で一命を取り留めた人たちを晴れやかな気持ちで送り出してきた。だが、国立病院機構静岡てんかん・神経医療センターで働いてみて、ショックを覚えた。過去に命を救ってきたような人たちが、後遺症としててんかんを発症し、苦しんでいた。

 働き盛りなのに仕事を辞めた人。40歳を超えても、自宅から出られない患者。長年臨床現場にいたのに、なぜ気付けなかったのだろう-。センターの患者に接し、それぞれの心の葛藤を聞いて、がくぜんとした。てんかんを隠して暮らしている現実があった。

 全国から難治患者が訪れる同センターでは、てんかんであることを受け入れるための学習プログラムや、退院後に社会に出るために必要な指導が、患者一人一人に行われる。そうした対応の根底にある思いを、山田さんと小林さんは同じ言葉で語る。

 「生きづらさに寄り添いたいんです」

 <メモ>国立病院機構静岡てんかん・神経医療センターの看護部では、てんかんの専門知識を持つ看護師を「院内認定看護師」として独自に養成している。養成プログラムは2年かけて行われる。専門医らによる講義14科目17時間と実習3日間、リハビリの見学などの後、事例検討発表と筆記試験の結果で認定される。2010年3月以降9人が誕生し、患者の治療に寄り添うだけでなく、院内外での啓発活動に取り組んでいる。

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