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<無知の知 「てんかん」という現実>序章 治療の現場で(4) 父母、苦悩の末に

1/13(土) 14:40配信

@S[アットエス] by 静岡新聞SBS

 にこにこ顔の少年が、外来診察室に入ってきた。望月勇矢君(9)=静岡市清水区=。椅子に腰掛けた勇矢君は、池田浩子医師(49)の質問に答えた。「寒くなったけど、風邪はひいてない?」「ひいてないよ」「冬休みはいつから?」「えーっと…、23日」-。息子の姿を、母、秀美さん(43)は頼もしそうに見つめた。

 勇矢君は難治てんかんの「ドラべ症候群」で、国立病院機構静岡てんかん・神経医療センター(静岡市葵区)で治療を受けている。発症は生後4カ月の時。風呂上がりに秀美さんが体を拭いてあげていると、大きく伸びをしてがくんがくんとゆっくりした全身けいれんが始まった。すぐに市内の病院に救急搬送されたが、けいれんは1時間半も続いた。脳波をとるための電極や点滴などさまざまな管につながれた、痛々しい息子。「ごめんね、ごめんね」。秀美さんは泣きながら自分を責めた。

 その後も30分以上続くけいれんが頻発した。いつ発作が起きるか分からないため、2人で過ごす日中は怖くて買い物も散歩も行けなくなった。発作は発熱によって誘発されると知ると、風邪をひかせてはいけないと神経をとがらせた。

 薬の効果で、勇矢君は3歳までに熱が高くなった時だけ発作が出るような状態に落ち着いた。だが、秀美さんにはまだ不安があった。保育施設の問題。仕事を始めるため、近くの施設に預けようと考えたが、同じ境遇にある保護者から、入園を断られたと聞いていた。

 諦め半分で申し込んだ保育施設の反応は意外だった。主治医の話を聞きたいという施設職員とともに池田医師を訪ねた。その後職員が発した一言は、今も忘れられない。「誠心誠意見守ります」。施設から連絡があるかもしれないと携帯電話を握りしめた3年間、発作は1回もなかった。

 勇矢君は発症してから発達が遅れている。今通っている特別支援学校で「(社会に出る年齢になるまで)もう10年しかない」と言われ、秀美さんは1年ほど前から就労先の見学を始めた。だが、本当にこれでいいのか。子どもの進路を親が決めてしまうことに、心が揺れた。

 そんな時、夫の宏晃さん(45)がふと口にした言葉に、肩から力がすっと抜けた気がした。「勇矢は勇矢だから」。あれこれ考え過ぎていた自分。今、目の前にいる息子を見つめることの方が大事なのだと気付かされた。

 最近の勇矢君は成長著しい。箸がうまく使えるようになった。薬はちゃんと水で飲める。すれ違う人にもあいさつできる-。秀美さんはそんな勇矢君と歩むこの瞬間がいとおしくてたまらない。

 <メモ>ドラべ症候群(乳児重症ミオクロニーてんかん)は、神経細胞の活動に重要なナトリウムチャネルの遺伝子異常が主な原因で、有病者は2万~4万人に1人とされている。乳児期の発熱時のけいれんで発症し、けいれんが長時間続く「重積状態」になる場合がある。発熱や入浴による体温上昇、光、特定の模様などで発作が誘発される。発達が伸び悩み、学童期にさまざまな知的障害を抱えることが多い。

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