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「夜明け」待つ無人駅 来訪者と住民つなぐ名前 豪雨で線路が被災、希望託す

1/13(土) 9:10配信

西日本新聞

 夜明(よあけ)駅-。大分県日田市夜明地区の久大線と日田彦山線の分岐に位置する無人駅は、筑後川を見下ろす高台にある。人生の岐路に差し掛かった人たちが駅を訪れ、その響きに励まされてきた。昨年7月の九州豪雨で二つの線路は被災し、一部で運転見合わせが続く。全線復旧を望む住民も、その名に希望を重ね合わせる。

⇒【画像】「名前がいい」夜明駅の駅名板

 駅は1932年、久大線の日田への延伸に伴って置かれた。日田彦山線沿線の宝珠山炭鉱(福岡県東峰村)の労働者、日田へ買い物へ出る客でにぎわい、駅員が10人以上いた時期もあった。義父母が営む駅前の食堂で働いた坂本キワノさん(88)は、駅までよくいなりずしを運んだ。乗客が乗り終わったことを知らせる車掌の「終了!」の声が、今も耳に残っている。

「男はつらいよ」シリーズの舞台にも

 日田を含む筑後川流域で147人の死者が出た53年の大水害で坂本さんは駅へ避難した。あふれた水は駅へ通じる階段の途中まで迫り、近所の家は数軒流された。「あの怖さは忘れられんですたいね」

 普段は穏やかに流れる筑後川。山に囲まれた駅は情緒にあふれ、81年には映画「男はつらいよ」シリーズの舞台になった。だが炭鉱閉山やモータリゼーションに伴って利用者は減少、80年代には無人駅になった。坂本さんは店で、お守り代わりに切符を求める学校の先生たちに切符を売った。「やっぱり名前がいいですもんね」。かつて店のカウンターだった場所に座り、駅を見上げた。

待合室のノート「夜明はだいじょうぶ」の記述

 筑後川と大肥川が合流する夜明地区は、その後もたびたび水害に見舞われた。2012年の九州北部豪雨では大肥川に巨大な岩が流されてきた。久大線は、うきは(福岡県)-夜明間が寸断。駅に、その岩を使ったモニュメントが、復興を誓う言葉とともに置かれている。作ったのは駅の美化活動を続ける「夜明桜守の会」。訪問者の明るい未来を願う「夜明の鐘」もある。住民の手で、駅はさらにメッセージを発するようになった。

 ホーム脇には、会が植えたアジサイが30株ある。春、さらに50株増やす予定だ。久大線は7月に復旧予定。日田彦山線の復旧時期は見通せないが、桜守の会の有冨宗喜会長(81)の表情は明るい。「二つの路線が全線復旧するころには、立派なアジサイが乗客を楽しませるやろうね」

 駅の待合室に置かれ、旅人が思いを書き連ねる旅ノートには「早期復旧を祈る」「夜明はだいじょうぶ」の記述。「夜明」の響きは来訪者と住民をつなぎ、未来へと目を向けさせる。

西日本新聞社

最終更新:1/13(土) 9:10
西日本新聞