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「スウェーデン式死の片付け」 母の著作が世界中でブームに

1/14(日) 9:00配信

The Telegraph

【記者:Jane Magnusson】
 春の大掃除は素晴らしい。少なくともスウェーデンではそうだ。日差しが明るくなればなるほど、暗い季節の間にどれほどたくさんの不用品に囲まれて暮らしてきたかが分かる。

 私の母が楽しんでいるのは「死の片付け」だ。1年前、私は出張でスウェーデンのストックホルムから米ニューヨークに飛んだ。その際に、学生時代から仲の良い女友達と昼食を共にしていたときのことだった。友人に心配事を打ち明けられた--年老いてきた両親は今はまだ元気だが、2人がこれまでに集めてきたがらくたを片付けるのを自分たちきょうだいが手伝うとしたら何週間も休みを取らなければならないだろう。屋根裏部屋から地下室まで、一度も使われることのない物であふれている。

 死。無情な響きだ。誰だって死について考えたくはない。でも、死はいつかは起こる。私自身、十分に考えてはいなかった。私は友人に言った。「うちにはその問題はないよ。母が死の片付けをしているから」。そう、スウェーデンには「死の片付け」を意味する「doestaedning」という言葉だってあるのだ。

 私は友人に説明した。父が亡くなった後、母が1年かけてどのように自宅を片付け、小さいアパートに引っ越したか。地下室から屋根裏部屋まで、要らないと思ったあらゆるものを母はすっかり処分してしまった。母はその片付けを楽しんでもいたよ、と話した。

 実際のところ、物をあまりにため込むと、一つ一つの物を十分に味わうチャンスは二度と来ない。ほこりをかぶったままにしておいて、その揚げ句、死んでしまう。その代わりに母は自分のすべての持ち物を一つ一つ順番に味わい、思い出に浸った。母は幸せそうだった。

 それに母は私たち5人きょうだいのことも配慮していた。ごちゃごちゃした遺品の整理を私たちに任せたくないのだ。魅力的でユーモアのある女性--そういうイメージを私たちの記憶に残したがっている。がらくたの山を置いて亡くなったという思い出を残したくないのだ。

 友人は私の話に耳を傾けていた。友人は出版社で働いている。友人が何か考え込んでいる様子なのを見て取りながらも話し続けていると、友人が遮った。「あなたのお母さん、他の人たちが死に向き合う助けになってあげられるかもしれない。死後、遺していくものについても。どんなことをしているか、お母さんに本を書いてもらうことはできない?」

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最終更新:1/14(日) 23:38
The Telegraph