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「置き去りにされた人がいっぱいいた」NY在住の日本人ライターが見た、アメリカのいま

1/21(日) 9:00配信

ハフポスト日本版

アメリカに住んで20年になるフリーライターの佐久間裕美子さんが、『ピンヒールははかない』という本を書いた。

本からは、ニューヨークの女性たちの生き方を通じて、女性がひとりで立って、歩いて、自由に生きていくことへのエールが伝わってきた。離婚した元夫の病やその家族とのエピソードも染み込んできた。

帰国中の佐久間さんに、これまでの歩みやフリーランスとしての生き方、そして大統領選後のアメリカについて聞いた。

佐久間さんは、「リベラルがわかってなかったこともいっぱいあった。置き去りにされた人がいっぱいいた」と語った。(笹川かおり / ハフポスト日本版)

個人主義、この国に住みたい

ー大学時代にアメリカへ。ニューヨークに暮らすようになった経緯は?

アメリカに行きたいと思ったのは、93年。大学2年生のときに初めて本土に行って、スタンフォード大学の短期留学プログラムに参加させてもらったんです。

それはそれはプログレッシブ(進歩的)な内容でした。語学の時間もあるけど、ホームレスのスープキッチンでお給仕するとか、もう英語全然できないんだけど、LGBTの人たちも入れる教会でレズビアンのカップルにインタビューするとか。今思うと、あの1カ月がすごく自分に影響を及ぼしたと思う。

ー他にどんなことが印象的でしたか?

ジャムバンドのライブに連れてってもらって、バンドとともに旅をしているデッドヘッズっていう人たちの暮らしぶりを垣間見て、自分が「自由」という言葉に対して抱いていたイメージと随分違うって思った。

個人主義で、すべて自己責任なところに惹かれて、この国に住みたいってすごく思っちゃった。

アメリカに住むためにはどうすればいいかと思って、とりあえずアメリカ政治のゼミに入ろうと。大学で留学するのは親に対して説得力がないと思ったし、先生の話を聞いて、「研究者になったら好きな研究をして自由に暮らせる」みたいな幻想を抱いて、大学院まで行ったんです。

ー研究者を目指して大学院へ。今とはだいぶ違う道ですね。

そうそうそう。超不純な動機で大学院まで行ったら、もっと本当に突き詰めて天文学とか好きな人がいっぱいいて、私なんてもう全然チャラかった。これはもう全然歯が立たんと思って、研究者になる道はすぐに諦めたんです。

ニューヨークには94年に。いろんなところを旅してみようと思って、カリフォルニアの学校でサマーコースを取った後に回ったんです。初めて行ったニューヨークはすごく怖かった。

こんな怖いところにはとても住めないと思ったんだけど、もう一回行ってみようと思って、大学4年のときに友だちと行ったら、すごい楽しかったの。

クラブに入ったら、フリークショー(見世物小屋)というと言い方悪いけど、女装した男の人とかいろんな人種の人とが、うわーって遊んでて、とにかく自由だなと。

私が知ってる“世間“とは違う人たちがこんなに楽しそうに生きてるところだから、ぜひ住んでみたい。大学院卒業したらニューヨークに住みたい、と思った。

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