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松坂大輔は復活できるのか? 懸念される肩の爆弾と投球スタイル

1/22(月) 17:10配信

VICTORY

日本球界に復帰してから3年。福岡ソフトバンクホークスを退団した松坂大輔は、中日ドラゴンズへの入団を懸けたテストを控えている。果たして、日本球界でも類いまれなる実績を持つこの右腕は、復活を遂げることができるのだろうか――?(文=花田雪)

平成の怪物に受けた、2度の「衝撃」

松坂大輔――。
いわずと知れた「平成の怪物」。

2017年終了時点で日米通算164勝を挙げている稀代の大投手に、筆者は過去2度、「衝撃」を受けている。

一度目は1998年夏の甲子園。もはや説明不要の伝説の夏だ。同年春、横浜高校のエースとしてセンバツを制した怪物はこの夏、甲子園で史上最高のドラマを見せた。準々決勝、PL学園戦での延長17回、250球の熱投。準決勝、明徳義塾戦で大逆転を呼んだ1イニング。そして決勝戦、京都成章戦でのノーヒットノーラン。

当時高校1年生だった筆者にとって、2歳年上の松坂大輔という存在はあまりにもまぶしく、巨大なものだった。

以降の活躍はご存知の通り。
高卒1年目で16勝を挙げ、いきなりの最多勝、新人王を獲得。甲子園を沸かせた怪物は、一度も立ち止まることなく日本のエースへの階段を駆け足で上り続けた。

二度目の衝撃は2015年、宮崎で行われたソフトバンクのキャンプでのことだ。

この時の「衝撃」は、一度目とは種類が違った。

1998年に高校1年生だった筆者は、それから13年の間にライター、編集者としてプロ野球のキャンプを取材する立場となり、平成の怪物と呼ばれた松坂大輔はメジャーでの8年間のキャリアに区切りをつけ、日本球界へ復帰を果たしていた。

取材で見た松坂大輔の姿は、筆者の頭の中に存在する「それ」とは全くの別人だった。

レッドソックス時代の2011年にひじの靭帯再建手術、いわゆるトミー・ジョン手術を受け、2013年にはインディアンスに、同年途中にはメッツへと移籍。テレビのニュース映像などで、松坂の「変化」は知っているつもりでいた。

それでも、いざ目の前でその姿を見ると、その衝撃は想像を上回るものだった。

「投球フォームも、何もかも、すべてが違う」

当時の松坂は、日本球界復帰1年目。当然ながら多くの注目を集めていた。しかし、報道から聞こえてくるのは「フォーム改造が必須」、「太り過ぎ」といったネガティブなものばかり。

果たして、報道されている情報は正しいのか。

それを確かめる意味で松坂の練習を見守ったが、その状況は筆者の想定をはるかに上回るものだった。

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最終更新:3/13(火) 12:38
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