ここから本文です

長友佑都、インテルでの忘れがたき7年間…彼は何を学び何を培ったか

2/5(月) 12:12配信

GOAL

最高の環境が今の長友を作り上げた

長友佑都を最初にインタビューしたのは、2011年の初夏だった。インテル・ミラノに入団したその年の1月末から5カ月足らず。冬の移籍で途中から加わった新しいチームで、1年目のシーズンを終えて間もなくというタイミングだった。

サッカー選手の奥さんは“美人”が多い!?美しすぎる「妻」26選

インタビューでは、ヴェスレイ・スナイデルのキックがいかに多彩か、マイコンのプレー選択の引き出しがどれだけ豊富か、新しいチームメイトたちには驚かされてばかりだと、そんな話をしてくれた。

当時のインテルには、2009-2010シーズンに3冠(チャンピオンズリーグ、セリエA、コッパイタリア)の偉業を成し遂げた錚々たるメンバーがまだ残っていた。FWにはサミュエル・エトー(インテル在籍中のカメルーン代表歴あり。以下同)やディエゴ・ミリート(アルゼンチン代表)、MFにはスナイデル(オランダ代表)のほかにも、エステバン・カンビアッソ(アルゼンチン代表)やデヤン・スタンコビッチ(セルビア代表)、DFにはルシオ(ブラジル代表)、ワルテル・サムエル(アルゼンチン代表)、マルコ・マテラッツィ(イタリア代表)、イバン・コルドバ(コロンビア代表)。長友と同じサイドバックにはマイコン(ブラジル代表)やクリスティアン・キブ(ルーマニア代表)がいた。キャプテンはハビエル・サネッティ(アルゼンチン代表)だった。

何でも上達するには、良き手本を真似るのが早いという。24歳でインテルの一員となった長友は、良き手本に囲まれていた。しかも本人が、貪欲に吸収したいという意欲に満ち溢れていた。

良い環境は良い人材を育む。良い環境を保ち続ける努力を伝統というのであれば、長友は真の伝統とは何かを知っている、日本のサッカー界では稀有の存在と言えるのではないか。

スタジアムの声さえ成長の糧に

長友入団後のインテルは低迷期を迎えた。セリエAでは1年目(10-11シーズン)の2位が最高で、その後の最終順位は「6位」「9位」「5位」「8位」「4位」「7位」(16-17シーズン)と推移する。イタリアのビッグ3に数えられる名門クラブが3位以内に入れず、チャンピオンズリーグは出場権すら手に入らない。3冠をもたらした英雄たちは移籍や引退で一人また一人と去って行った。ホームスタジアムのサン・シーロに通うインテリスタは落胆を繰り返し、長友にも痛烈な罵声を幾度となく浴びせたはずだ。

サン・シーロには、おそらく世界でも随一の厳しさがある。観衆はサッカーをよく知っており、プレー選択という判断を誤れば、ピッチには溜息の塊(かたまり)が降り注ぐ。それは溜息そのものであったり、「ノー」という否定の声であったり、「何をやっているんだ」という怒りの叫びであったり、同時に発生するそれらが集合体となってピッチに振り下ろされる。

筆者はかつて4年ミラノに住み、通い詰めたスタジアムである。当時何よりも感心したのが、この溜息の塊に対してだ。シュートを外す、パスをミスするという“結果への溜息”ではなく、より良い選択肢があったのに別の選択肢を選んでしまったという“過程への溜息”に感じ入ったのだ。なるほど、だから優秀なフットボーラーが次々に育つわけだと。

逆の反応もある。良い過程を積み重ねた選手には、惜しみない称賛が贈られる。2017年10月24日の今シーズンのセリエA10節、サンプドリア戦の長友は84分の途中交代時に、サン・シーロのインテリスタからスタンディングオベーションを受けている。決定機に直結するイバン・ペリシッチやマウロ・イカルディへの縦パスを繰り出すなどしてインテルの勝利に貢献しただけでなく、過程そのものが素晴らしかったからでもあるはずだ。

8万人の大観衆から溜息の塊を浴びるのも、絶賛のスタンディングオベーションに包まれるのも、誰にでもできる経験ではない。

1/2ページ

最終更新:2/5(月) 12:12
GOAL

スポーツナビ サッカー情報

今日のJリーグ 試合情報

J1

海外サッカー 日本人選手出場試合