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「戦力外通告」の元サッカー選手が、国際機関にスカウトされるまで 競争の中で見つけたセカンドキャリア論

2/13(火) 7:00配信

withnews

 プロスポーツの世界で活躍できるのは、選ばれた人だけです。競技を離れた元選手は、どのようにセカンドキャリアを築いたのでしょうか。元プロサッカー選手の阿部博一さん(32)は現在、マレーシアにあるアジアサッカー連盟でプロジェクトマネージャーをつとめています。転職が当たり前になりつつある日本。阿部さんに、セカンドキャリアの築き方を聞きました。(小野ヒデコ)

【画像】「戦力外通告」されたサッカー選手の「その後」 現役時代の阿部さん、一念発起し海外へ

仕事に生かせる知識が少なかった新入社員時代

<プロサッカー選手になった同年シーズンオフに戦力外通告。その後、米国大学院への進学を経て就職>

 三菱総合研究所に入社したのが29歳の時でした。一般的に新卒の人は22歳で働き始めるので、同世代には既に部下がいて、チームをリードしている人もいました。

 正直、出遅れているという「焦り」はありました。入社当初から質の高いアウトプットを求められていたので、思った通りに結果を出せない自分に苛立つことも多々ありました。

 三菱総合研究所では2年半の間、官公庁の事業計画策定、政策立案のための調査などに従事しました。

営業先に逆にリクルートされる

<古巣のJリーグからスカウト。声をかけられた理由は何事もトライする姿勢>

 1年目の時、元プロサッカー選手のセカンドキャリアサポートの新規事業を立ち上げたいと考え、Jリーグに営業に行きました。その時対応してくれたのが、Jリーグヒューマンキャピタル(JHC)の担当者の方でした。

 JHCはJリーグが実施するスポーツビジネス経営人材育成プログラム。現在はスポーツヒューマンキャピタル(SHC)という名称に変わりましたが、当時は1期生を募集し始めるところでした。

 新規事業の提案に行ったところ、JHCに参加して欲しいと声をかけてもらいました。その時誘いを受けたのは、「何事も取り敢えずトライしてみる姿勢」が評価されたのではと感じています。

 社会人としての経験がまだ浅かったので、目の前にあるチャンスを掴もうと「直感」でやってみようと決めました。

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最終更新:2/13(火) 13:41
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