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復活を確信していたハインケス、勇退後も「監督業に片足を突っ込んでいた」/独占インタビュー

2/8(木) 18:11配信

GOAL

途中就任で見事バイエルンを復活に導く

ブンデスリーガで17勝2分け2敗、2位とは勝ち点18差。加えて、DFBポカールでもベスト4に勝ち残り、チャンピオンズリーグでもグループステージ突破を決めている。今シーズンもバイエルンは盤石だ。それを支えたのはユップ・ハインケス、そう言い切ることは難しくない。

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ハインケスは今シーズン途中からバイエルンの指揮を執り、見事復活に導いた。そこで『Goal』では、独占インタビューを実施し、監督業についての考え方、どのようにチームを蘇らせたのかについて語ってもらった。

青年監督の走りだったハインケス

現在、ブンデスリーガではホッフェンハイムのユリアン・ナーゲルスマン、シャルケのドミニク・テデスコを始めとする“青年監督”が多く活躍している。ハインケスはもうまもなく73歳となる世界でも有数の老将だが、青年監督の走りでもあった。

1979年に34歳でボルシア・メンヒェングラッドバッハの指揮官に就任。当時のブンデスリーガ最年少監督となった。ハインケスは当時のことを「1978年まで現役でプレーし、その後1年間ウド・ラテックの下でアシスタントコーチをしていたんだ。そして首脳陣から、監督を引き受けるつもりがあるかどうか聞かれた。それに対して私は普段通り気楽に『もちろん』と答えたよ」と思い起こす。

一方で、学ぶことが多く残されていたことも理解していたという。

「まず、選手時代の私はただ情熱と野心にあふれただけではなく、それ以上に完璧主義的なところがあったんだ。それは以前私の監督であったヘネス・ヴァイスバイラーから学んだのだが、彼は負けるととても不機嫌になる人だった。負けたことを尊重しなければならないが、それを甘んじて受け入れてはいけない、それがサッカーから学ぶべきことだった。失敗したときにも、その原因を突き止め、良い方向にもっていくことができるよう常に準備しなければならない。それ以外にも、もっと普通のことだけれども、チームを引っ張ることや周りの人間とうまくやることなどはもっと最初の段階で学ぶべきことだ。私自身、チームのメンバーとしてある程度の地位にはいたし、リーダーでもあったことは大きな助けとなった。簡単な例を話そう」

「私が監督になって間も無く、何人かは現役時代に一緒にプレーしていた選手たちがいて、彼らは私のことを“Du”(ドイツ語で「きみ」「お前」)と呼んでいたんだ。ところが、私が監督になると、彼らは私を“Sie”(ドイツ語で「あなた」)と呼ぼうとした。だから私は『みんなおかしい。“君”と呼べばいいんだよ』、そう彼らに言ったんだ。でもそこから、私のかつてのチームメートがどれだけの敬意を示していたかがわかるだろう。それは監督という職業にはとても重要なことだ。ある部分では一定の距離を設けないといけないが、もう一方では関係を築くために近づくことも必要だ。この点については私はうまく使い分けられていると思うよ」

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最終更新:2/9(金) 18:34
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