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えふしん×シバタナオキ対談 伸びるエンジニアが持つ「哲学と数字感覚」

2/9(金) 7:00配信

@IT

 現場でコードをバリバリ書きながら充実した日々を送っていたが、マネジャーへの昇進やプロダクトマネジャーなどへの職制変更を機に成果を出せなくなってしまった。または立場は何であれ、皆頑張っているのに担当するプロダクトが伸び悩んでしまった。

シバタナオキ氏 元「楽天」執行役員、東京大学工学系研究科助教、スタンフォード大学客員研究員。東京大学工学系研究科博士課程修了(工学博士、技術経営学専攻)。スタートアップを経営する傍ら、noteで「決算が読めるようになるノート」を連載中。経営者やビジネスパーソン、技術者などに向けて決算分析の独自ノウハウを伝授している。2017年7月に書籍『MBAより簡単で英語より大切な決算を読む習慣』(日経BP社)を発刊。

 エンジニアとしてそんな壁に突き当たってしまったとき、打開策の1つになるのがビジネスデベロップメントのやり方を学ぶことだ。

 ただ、少なくない若手エンジニアが、この分野の勉強を避けたがる。理由は幾つかあるが、損益計算書(PL)の読み方が分からない、または種々のKPIを分析しながらグロース施策を練るような「数字にまつわる業務」が苦手だから、というのもあるだろう。

 そこで今回、エンジニア界で名の知られる藤川真一(えふしん)氏と、書籍『MBAより簡単で英語より大切な決算を読む習慣』(日経BP社)の著者であるシバタナオキ氏に、どうすれば事業数字に強いエンジニアになれるのかを聞いた。

 えふしん氏は、2000年代後半に一世を風靡(ふうび)した携帯向けTwitterクライアント「モバツイ」の開発・運営で社長業を経験した後、ECプラットフォームを運営する「BASE」のCTOに就任。個人開発者としてiPhoneアプリも運営しており、さまざまな立場を経験してきた人物だ。

 一方のシバタナオキ氏は、エンジニアリングをバックグラウンドに持つ経営者であり、著書の中でも「開発に役立つビジネスセンスは、決算を読み続けることで身に付く」と述べている。

 そんな両氏の経験談から、事業数字に強くなる働き方を探った。

●サービス開発で問われる数字感覚は「ダメ出し」で磨かれる

シバタ BASEは社員数が100人を超えたとお聞きました。順調に成長している証ですね。

えふしん ありがとうございます。でも、それに伴って問題も幾つか表面化しています。今、プロダクトを作っているメンバーは40人くらいいて、月に1~2人くらいのペースで増え続けているので、いよいよミドルマネジメントが不足してきたんですね。

 それともう1つ、サービスが大きく成長していることもあって、「目先の開発計画と、会社のビジョンに基づいて設定したKPIとの整合性をどう取っていくか」が難しくなっていて。

 開発の最前線にいるエンジニアからすると、「今すぐこの機能改善をやるべきだ」「こんな新機能を開発したい」となりがちですが、本来は「その施策はどのKPIに影響するのか?」という視点も必要で。

 その際、数字で事業へのインパクトを試算しなければならないシチュエーションも出てきます。ただ、僕を含め、エンジニアには数字で語る怖さがあるわけです。

シバタ 分かります。「適当なことは言いたくない」ということですよね。

えふしん ええ。BASEはECプラットフォームなので、一番のKPIは流通総額(取扱高)を増やすこと。この点は開発チームにも明確に共有できていると思っています。

 しかし、細かな開発計画の実施有無を検討するとき、「その施策は何の数字を伸ばすためのものなのか」を誰も説明できない状態で議論が進んでしまうことも多くてですね。

 若手エンジニアにこの説明を求めるのは酷だと思いますが、リーダー以上になったら間違いなく必要になる。

シバタ ミドルマネジメント不足の問題もあるとなると、CTOであるえふしんさんのご負担が大きくなりますね。

えふしん この問題は、僕が育成と採用を頑張ることで解決しなければならないのですが……。

 シバタさんは楽天に勤めていらっしゃったじゃないですか。楽天市場の開発では、今話したような課題をどうやって解消していたんですか?

シバタ 楽天市場はチームの規模がすごく大きいのですが、開発のプライオリティーを議論する際は、「それで流通総額がどのくらい増えるの?」という議論を徹底してやっていました。

 開発チームが「こういう機能を作りたい」と提案してきても、想定でいいから必ず流通総額への貢献度を数字で出してみて、それを元に議論していましたね。それがないと判断が主観的、政治的になりやすいので、良い/悪いの判断ができないから「また次回持ってきてください」となるわけです。それを延々やっていました。

えふしん そのくらい真剣にKPIを考えろと。

シバタ だから楽天出身の人間は、KPIにつなぐところは相当訓練されていると思います。

えふしん 場合によっては、三木谷さん(三木谷浩氏 楽天会長兼社長)に直接ダメ出しされるわけですよね?

シバタ ええ。それを散々やった後に初めて、「あそこにボールを飛ばそう」とバットを振りにいく。もちろん、当たらないこともあるし、違う方向にボールが飛んじゃうこともあるんですけど。

えふしん 現場はすごくしんどいでしょうけど、そういう訓練ってとても貴重ですよね。エンジニアは数学的思考が得意ですが、ビジネスを成長させるために数字と向き合うのってまた別物じゃないですか。

 シバタさんの本には、決算に載っているような数字の情報をビジネスで使える知識に変換する力を「ファイナンスリテラシー」と書いてありましたが、サービス開発で必要なファイナンスリテラシーって、社長や上司のダメ出しを受けながら磨かれていく部分が大きいと思うんですね。

●モバツイ運営で学んだ「聞き心地のいい数字」の怖さ

シバタ エンジニアは、どうしても「できること」「やりたいこと」から入ろうとしますしね。

えふしん そうなんですよ。以前、「エンジニアが作るネットサービスのアイデアがしょぼいワケ」という記事を書いて、そこそこバズったんですけど、そのときに思っていた課題意識もまさにそれでして。

 エンジニアは職業柄、実現不可能だと思うアイデアを削ってしまうというか、「できること」を積み上げていくやり方が染み付いているんですよね。これを意識的に取っ払う何かをしないと、一部の天才を除いて、ビジネス面ではインパクトの小さなプロダクトしか作れなくなってしまう。

シバタ おっしゃる通りです。

えふしん これは後で気付いたんですが、僕がやっていたモバツイも、実は「できること」を積み上げていって生まれたものなんです。

 当時のTwitterクライアントで使い勝手が悪かったところを解決していったら、おかげさまでいろんな人に使ってもらえました。ただ、そこから先の事業展開がうまくいかなくなってしまったのは、僕の「見誤り」があったからなんです。

シバタ その見誤りが何だったか、お聞きしてもよろしいですか?

えふしん 一番はスマホシフトの波に乗れなかったことですね。モバツイは2007年にリリースしたんですけど、当時は米国でiPhoneが出たばかりで、日本ではやるかどうかもよく分からない状態でした。

 実際、その後の2~3年くらいは、まだガラケーユーザーが全モバイルユーザーの6割ぐらいを占めていました。日本の「ガラケーの山」は当面崩れないだろうという予測もあった。でも、結果は違いましたよね?

 あのときは、聞き心地のいい数字をうのみにしてしまったな、と。

シバタ 「聞き心地のいい数字」ですか。

えふしん ええ。モバツイは広告が収入源だったので、ビジネスとしてはユーザーと広告主双方のアテンションが重要でした。それがどんどんスマホに移っていたという変化をしっかりキャッチアップしていれば、もっと早くに手が打てたはずです。

シバタ 経営者としてそういう経験をされたことは、今のBASEでの仕事に生かされていますか?

えふしん はい。「ビジネスモデルとしてどうすればいいのか?」を真剣に学ぶようになりましたね。エンジニアとして目の前のイシューを1つ1つ改善していくのも確かに大切なんですけど、より大きな視点が持てるようになったというか。

 BASEには、創業者の鶴岡(鶴岡裕太氏 BASE代表取締役CEO)の、「無料で誰でも簡単にネットショップを開設できるようにすることでECのハードルを下げ、価値の交換をよりシンプルにする」というビジョンがあります。

 ですから、ショップ出店の登録料や月額・年額料金を無料にするのはビジョンとして変えてはいけない部分です。となると、流通総額を増やして、決済手数料などを頂くことで成長するしかない。

 じゃあそのために何をやればいいのか、を真剣に考えるようになりました。

●エンジニアも知っておくべき、ビジョンと数字の良い関係

シバタ BASEが誕生した2012年時点で、ECマーケットプレースの世界には巨大な競合がいたわけじゃないですか? えふしんさんは、なぜ後発であるBASEにジョインしようと思ったんですか?

えふしん 鶴岡のビジョンを信頼していた、という部分が大きいですね。

 競合といっても、「楽天市場」はショップの出店料も取るビジネスモデルですし、そこは被らないと思っていました。

 「Yahoo!ショッピング」とは出店料が無料という点で競合はしていますが、BASEもサービス開始1カ月で1万店舗のショップ数を確保できましたし、無料モデルで世のEC化率を高めていく余地はまだまだあるかなと感じていました。

シバタ なるほど。

えふしん ちなみに、鶴岡はもともとオンライン決済をやりたかったんですよ。でも、起業した当時、彼はまだ大学生だったので、いきなり決済をやるのは得策ではないと自分で気付いたそうなんです。

 それでまずはBASEというマーケットプレースを作って、そこにお金が回るようにしたんですね。で、改めて決済をやろうと始めたのが、2015年から始めた「PAY.JP」です(※編集部注:PAY.JPは2018年1月4日よりBASEの100%子会社「PAY株式会社」として分社化)。

 BASEを作った時点で、流通総額がどれくらいになるかなどがどれだけ見えていたかは分からないですけど、結果的に両方スケールさせられたのは彼の商才だと思います。

シバタ このビジネスモデルならうまくいく、という話ではなくて、ビジョンから入って、その実現のために必要なものを次々と身に付け、実現していったという感じですかね。

えふしん そうだと思います。鶴岡はいわゆるエンジニア社長ですが、ビジョンで引っ張っていく部分と数字ありきで事業を推進するバランス感覚に優れたタイプかもしれません。

●自分たちが決断できないことをユーザーに委ねるのはやめろ

シバタ エンジニアから見たサービス開発の難しいところは、売上やKPIのような数字にインパクトがあることだけをやろうとすると、どんどんつまらなくなってしまうところで。

 鶴岡さんはその辺りのバランス感覚も良さそうですが、開発面にはどんな影響が出ていますか?

えふしん 先ほど話に出たKPIとのつなぎにもかかわる部分ですが、鶴岡が昔からずっと言っていることの1つが、「自分のアイデアに自信がないからABテストをやろうとするのはダメだ」です。

 ABテストは、自分たちが「ユーザーにとってこれが一番いいはずだ」と思ったモノを作った上で、それを改善するプロセスとしてやるもので。自分たちで決断できないことをユーザーに委ねるのはやめろということですね。

シバタ 「自分たちが決断できないことをユーザーに委ねるのはやめろ」。すごくいい言葉ですね。

えふしん ビジョンを基にサービスを作り、数字を判断基準に伸ばしていくという順番が大事というか。

シバタ そうですよね。本来目指しているところとズレていても、数字が伸びていれば気持ちよくなってそのまま行ってしまう、という可能性もありますし。

えふしん だからビジョンや哲学みたいなものが先にないといけない。その意味では、最近BASEが始めた「ライブEC」も、このパターンに当てはまります。

 動画の視聴環境が整ってきたこともあって、いずれECでのモノ売りというのは、Webサイトに商品を置いておくというパラダイムから、商品をプレゼンテーションしながら売っていくスタイルにシフトしていく、そういう未来を想定して作っています。

シバタ 日本だと「ジャパネットたかた」、米国だと「QVC」がTV通販としてやっているようなインフォマーシャルは、ECでも応用できるでしょうね。

えふしん 後は先ほど話したように、ビジョンドリブンで作ったライブECを、ビジネスとして数字を判断基準に伸ばしていかなければなりません。

 僕らはECビジネスに10年以上遅れて参入した立場で、足りない機能を挙げていったらキリがないですし、スタートアップがそれを負い目に感じていてはダメじゃないですか。ですから、差別化要因を日々模索しているところです。

シバタ 今日はいろいろと勉強させてもらいました。ありがとうございました!

●書籍

MBAより簡単で英語より大切な決算を読む習慣
シバタナオキ著 日経BP社 1944円(税込み)

東大、スタンフォード、楽天、シリコンバレーで結果を出し続けてきた著者が続けてきた、膨大な数字から未来を先読むすごいやり方をひもとく、実務に役立つ決算分析法。

最終更新:2/9(金) 7:00
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