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武関翠心の竹工芸回顧 壬生・歴史民俗資料館に独創的・多彩な30作品

2/12(月) 7:55配信

産経新聞

 これまで詳しい人物像が知られていなかった壬生町出身の竹工芸家、武関翠心(ぶせき・すいしん)(1888~1983年)の作品を集めた企画展「籠師(かごし)武関翠心-竹の技人(わざびと)」が町立歴史民俗資料館(同町本丸)で開かれている。3月25日まで。同館学芸員が10年かけて調査し、約30点の作品を確認。翠心の独創的で多彩な作風を紹介する初の回顧展となった。

 翠心は栃木市出身の初代飯塚鳳斎(ほうさい)の弟子で、多くの作品を制作したが、芸術性が脚光を浴びた鳳斎一門とは対照的に、これまで作品展が開かれることはなかった。同館学芸員、中野正人さん(59)は「翠心が活躍した当時、竹工芸は実用品とみられ、芸術品としての評価は定まっていなかった」と指摘する。

 中野さんの調査で、翠心は藤井村(現壬生町)の農家の次男として生まれ、尋常小学校を卒業した11歳で鳳斎に入門。その後、鳳斎一門とともに上京、活躍したことが分かった。翠心は一門から独立。共に修業した飯塚琅●斎(ろうかんさい)とは、作品制作に対する考え方の違いも顕著だったが、晩年は一緒に旅行するなどしている。

 琅●斎が、完成された作品として花籠自体の芸術性を重視したのに対し、翠心は「花を生けてこそ花籠。花に寄り添って制作していた」(中野さん)といい、同展では花を生けた形で展示された作品もある。

 翠心の孫で、世界的に活躍する竹工芸家、武関翠篁(すいこう)さん(59)も「花を生けやすく作られている。直接、指導を受けることはなかったが、初めて見るものも含め、作品から教わっている」と話す。

 翠心は晩年、仕事を翠篁さんの父に譲り、幼い翠篁さんの面倒を見ていた。翠篁さんは「仕事には厳しかったと聞いているが、いつもニコニコしている記憶しかない」と振り返る。多くの作品が外国人を含めた好事家の手に渡った。制作作業も非常に素早く、人気もあったのだ。だが、調査開始当初、翠篁さんの手元に残る5点を除いて確認できる作品はなく、個人蔵など一点一点調査し、10年かけて約30点が翠心の作品と確認された。米メトロポリタン美術館など海外の美術館が所蔵していた作品もあった。中野さんは「日本のわびさびを表す作品として好まれた。(翠心の作品は)値段も高くなく、まとめて買われた」。

 作風は多様。多作でも独創性に優れた作品も多く、反発力の強い竹を裏返すように編み込む「手品のような作品」も。翠篁さんは「苦労したと聞くが、難しさを一切見せないのが仕上がりの良さ」と話す。

 同展は翠心29点に翠篁さんや鳳斎一門の作品を加え、計41点を展示。午前9時~午後5時、火曜は午後1時から。月曜休館。問い合わせは同館(電)0282・82・8544。

●=王へんに干

最終更新:2/12(月) 7:55
産経新聞