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<五輪ジャンプ>奇跡の復活 岩渕香里「今、飛んでいることが不思議」

2/12(月) 8:30配信

毎日新聞

 選手生命が危ぶまれる大けがを乗り越え、「今、飛んでいることが不思議」と周囲が驚く奇跡的な復活のさなかでソチ五輪を目指した4年前。夢の舞台にあと一歩届かなかったノルディックスキー・ジャンプ女子の岩渕香里(24)=北野建設=が世界と戦える力を身につけ、初の五輪となる平昌五輪に挑む。【江連能弘】

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 長野県上田市出身の岩渕は小学5年まではアルペン選手だった。小学6年でジャンプに転向した当初は「闘争心ゼロ」。年下の選手に負けても何とも思わなかった。

 だが、中学2年の冬、行けると思った全国大会の切符を逃したことで気持ちにスイッチが入り、その後は成長の加速度が増す。長野・飯山高から松本大に進んだ2012年夏の国内大会では、高梨沙羅(クラレ)を抑えて2連勝するなど躍進した。

 だがその矢先、不運に見舞われた。同年9月、遠征先のイタリアで着地後に転倒し、左右の前十字じん帯断裂など両膝がボロボロに。絶望感に襲われたが、3度の手術とリハビリを経て、13年7月から再び飛び始めた。

 復帰初日は一度も着地で立つことができず、駆け寄った父・亨秘(あきやす)さん(56)は着地バーンで岩渕が震えていた姿を見ている。痛みと付き合いながら何とか立てるようになり、8月下旬に国内大会に復帰。ワールドカップ(W杯)は14年1月の蔵王大会で9位に入ったが、同年のソチ五輪には届かなかった。

 ソチ五輪は当時住んでいた松本市内の自室で1人、テレビ観戦した。その後、「次の五輪でメダルを取る」と語ることもあったが、成績は横ばい状態が続き「平昌五輪に出て終わりにできればいいかな」と漏らしたこともある。大学時代は1人で練習することも多く「その先までやっていけるのか不安で、自信がなかった」。

 だが16年春、地元・長野県の強豪チームで憧れていた北野建設に入り、実力も意識も高い選手に囲まれて練習するうちに「まだできることがあると思えた」と変化する。思い出したのは、高梨に勝つほど好調だった高校生のころ。「順位も考えず、ただただ遠くに行きたかった」。練習の質も量も充実し「技術的には今の方が全然上」との実感もある。昨夏以降「ジャンプが楽しいと思うことが増えた」といい、再び「五輪でメダルを目指す」と言えるようになった。

 W杯の最高成績は6位だが、1月のW杯札幌大会2連戦の予選で5位と4位を記録。「ジャンプが楽しい」という原点に立ち返り、12日夜の勝負で平昌の台に向かう。

最終更新:2/12(月) 8:59
毎日新聞