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[引退インタビューvol.4]中川和之、支えてくれた人たちに伝える「後悔は一切ない、あるのは感謝の気持ちだけです」

2/12(月) 17:00配信

バスケット・カウント

「永遠のライバル、兄ちゃんは兄ちゃん」

取材=古後登志夫 構成=鈴木健一郎 写真=本人提供、B.LEAGUE


誰よりも個性的な男がコートを去った。1982年、山口県生まれの中川和之は専修大4年次にアメリカへと渡り、ABAでプロバスケ選手となった。強烈な個性で見る者を魅了し続けてきたが、アースフレンズ東京Zでの2年目のシーズン途中で引退を発表。セカンドキャリアの一歩を踏み出した彼に、しばし後ろを振り返ってもらい、濃密だった現役生活と今の心境を語ってもらった。

──ちなみに、双子の兄である中川直之はバスケにおいてどんな存在ですか? 

無意識レベルだけど、永遠のライバルだと思います。DNAが一緒だから言い訳ができない。自分がダブルクラッチできないのに同じDNAのあいつができたらダメでしょ。あいつが自主練やってたら俺もやる。俺があいつより上手くなかったら困るから、休みたくても休めない。それを9歳から22歳まで延々とやってきました。

双子の兄弟にみんな言えることかもしれないけど、DNAが一緒過ぎてすごくムカついたりすることもあって。仲が良いのはみんな知っていますが、ガチンコの殴り合いとかしょっちゅうで、絶縁みたいなことも何度かありました。生まれてから中学ぐらいまでは毎日ケンカですよ。でも、俺の性格があまりにも負けず嫌いなジャイアンなので、大人なナオがバランスを取ってくれました。

昨日、引退記念でナオと昼飯を食べながら話をしたんです。「高校で得点王を取らせてもらったけど、お前からのアシストがなかったら半分も取ってないね」と。俺はパスは全然うまくない。点を取りたくて仕方ないから「全部よこせ」ですから。だからあいつは配給しまくる中で天才的にパスが上手くなりました。逆に言えばナオがいなかったら俺は何もなかったかもしれません。

大学までずっと一緒で、九州電力に入って俺がいなくなったらイキイキとプレーするようになりました。実業団だって簡単じゃないのに、50得点20アシストなんてするのはナオぐらいじゃないですか?  得点もそうやって取れたのに、俺が制圧しすぎたせいでずっと我慢してきた。実はあいつが一番すごくて、あいつのおかげで俺が立たせてもらったんじゃないかって。

──2人でともに歩んできたバスケ人生だと思いますか? 

俺はプロで好きなことをやらせてもらいましたが、やっぱりつらいこともあります。でも、その時にナオは九州電力で社会の現実と向き合っていました。社会の現実の方がずっと大変ですよ。そういう情報がナオのおかげで入ってくると、「俺はどれだけ恵まれてるんだ。キツいかもしれないけど、好きなことで何を言うてんねん」と。同じDNAを持つ双子の、本来俺がそうなったであろう世界の話を聞けたのはありがたかった。そういう意味では2人で歩んだとも言えます。

引退後のナオはプロのコーチ業でいろんなことをやっていて、単純に兄でありながらビジネス的にも尊敬できる人間だし。一言で言えば兄ちゃんは兄ちゃん。やっぱりこいつすげえわと。

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