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ポール・ピアース、セルティックスの永久欠番に「殿堂入りできずともこれで十分」

2/12(月) 18:00配信

バスケット・カウント

2008年の優勝に貢献し、球団史上2位の通算得点を記録

写真=Getty Images


2月11日、TDガーデンでセルティックスレジェンドのポール・ピアースの永久欠番式典が執り行われた。式典は、キャバリアーズに敗れた試合後に行われ、会場に集まった大勢のファン、ともに2008年の優勝に貢献したドック・リバース、ケビン・ガーネット、ラジョン・ロンドを含め、球団レジェンドたちもピアースの功績を称えた。

ピアースは、1998年のドラフト全体10位でセルティックスから指名され、2013年まで在籍。エースとして勝てない時代も経験したが、2007年の夏にガーネット、レイ・アレンをトレードで獲得してビッグ3体制を築くと、熱血漢のリバースがチームをまとめあげ、2008年に球団史上17回目の優勝を成し遂げた。

ピアースは、在籍した15年で球団歴代2位の2万4021得点を記録した他、3ポイントシュート成功数(1823)、フリースロー成功数(6434)、スティール(1583)では球団記録を樹立。式典後の会見で、ピアースは「自分にとって特別な日。もしバスケットボール殿堂入りを果たせなくても、自分にはセルティックスの永久欠番という称号だけで十分。セルティックスの歴史に一生残るのなら、永遠の存在でいられるということだから」と語った。

式典では、恩師リバースもマイクを握り、セルティックスのヘッドコーチに就任した当時のエピソードを披露した。実はピアースと誕生日が同じことを明かしたリバースは、「ポールは正当な評価を得られていない」と、教え子を称賛。そして「スター選手がコーチの指導を受け入れる時こそ、勝者になれるんだ」と熱弁を振るった。

セルティックスは、永久欠番とは違う形でもピアースの功績を称えた。選手たちがロッカールームからコートに出ていく間に通過する通路の名称を『ポール・ピアース・プレーヤーズ・トンネル』と命名したのだ。現チームの選手も、今後セルティックスのジャージーを着る選手も、『セルティック』として生きることを体現したピアースから学ぶことは多い。

ピアースは、世界的に最も有名なスポーツチームの一つ、ボストン・セルティックスで功績を称えられたことの感動を、こう表現した。「現役時代、毎日練習に来るたびに永久欠番のリストを目にしていて、空いているところがあるなと思っていた。そこに今、自分の番号が加えられた。高校、大学でも背番号が永久欠番になった。でも、ボストン・セルティックスで、自分のNBAジャージーが永久欠番になること以上の名誉はない」

『The Truth』は、名実ともに、その名をセルティックス史に刻んだ。

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