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<金正男氏殺害>解明に壁 親北朝鮮人脈を利用

2/12(月) 10:00配信

毎日新聞

 【クアラルンプールで西脇真一、平野光芳】北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長の異母兄、金正男(キム・ジョンナム)氏がクアラルンプール国際空港で殺害されてから13日で1年を迎える。殺人罪で起訴されたベトナム人のドアン・ティ・フオン(29)、インドネシア人のシティ・アイシャ(26)両被告の公判や関連捜査は今も続くが、全容解明にはほど遠い。

 ◇13日で1年

 「思った以上に彼は事件や工作活動に関わっていたようだ」。北朝鮮に詳しい情報機関関係者が明かす。彼とは、事件で唯一逮捕された北朝鮮出身者で、不起訴処分となり帰国したリ・ジョンチョル氏(47)のことだ。

 マレーシア警察は逮捕時にリ氏のタブレット端末やデスクトップパソコン計4台を押収し、帰国時に返却。だが関係者によるとコピーしたデータの復元、分析が続いているという。

 そこから分かったのは、指名手配された北朝鮮の4容疑者にリ氏が宿泊場所や車両を手配するなど、後方支援をしていたことだ。リ氏は登録上クアラルンプールでがん治療薬を扱う企業に所属していたが、勤務実態はなく、独自にビジネスをしていたとみられる。これまでマレーシア産パーム油などに関心を示していたことが分かっているが、関係者は分析から「人工衛星の部品や技術の入手も狙っていた」と話す。

 北朝鮮は核・ミサイル開発を進めるが、必要物資や関連技術の入手は難しくなっている。リ氏は国連制裁などの規制の網をかいくぐり調達する役割も担っていたとみられる。データの復元がさらに進めば、人間関係や事件の構図がより明確になる可能性がある。

 クアラルンプールの住宅地にある北朝鮮大使館。呼び鈴を押しても反応はない。2階バルコニーで風に揺れる洗濯物が、寂れた雰囲気を倍増させていた。事件後、マレーシアは北朝鮮との断交こそ踏みとどまったが、北朝鮮大使を「好ましからざる人物」として国外追放したままだ。

 東南アジア各国は核・ミサイル開発を進める北朝鮮に対する制裁にも意欲を見せる。タイの対北朝鮮貿易量は昨年95%も減少。その一方で、最近明らかになった国連安全保障理事会専門家パネルの報告書によると、北朝鮮産の石炭は昨年8月に全面禁輸となったが、それ以降もマレーシアやベトナムに輸出されているという。

 タイの首都バンコク近郊にある「北朝鮮レストラン」。ホテルも併設する運営会社の筆頭株主は、タイ人男性だ。その父親(73)は、タイで北朝鮮の政治思想「チュチェ思想」を学ぶ団体の代表を務める。取材に応じた父親は、北朝鮮関連事業について「よく知らない。息子に(共同で事業をする)北朝鮮の人を紹介したこともない」と、関与を否定。ただ、自身に訪朝歴が21回、息子にも6回あると明かし、北朝鮮との関係の深さを認めた。

 国営の朝鮮中央通信でも父親の名前はたびたび報じられている。こうした北朝鮮と交流の深い「親北朝鮮人士」を北朝鮮が活動拠点に利用するのは、マレーシアでもみられた手口だ。これまで北朝鮮と良好な関係を築いてきた東南アジア各国には、見えないネットワークが張り巡らされている。

 ◇詳述避ける捜査官

 殺人罪で起訴されたフオン、アイシャ両被告の裁判はクアラルンプール近郊のシャー・アラム高裁で昨年10月2日に始まり、屋外での実況見分なども含めるとこれまでに計29日間、公判が開かれた。

 初公判から現在まで検察側が申請した証人の尋問が続いており、事件当日に金正男氏に接した空港の職員や救急医、解剖に当たった法医学者、捜査担当の警察官、防犯カメラ映像の分析者など30人近くが証言した。

 これまでの公判で両被告は「いたずらビデオの撮影に勧誘されただけで、殺害の意図はなかった」と一貫して無罪を主張している。一方、検察側は、両被告の衣服などから猛毒の神経剤VXやその関連物質が検出されたとの鑑定結果を示したうえで、事件当日の空港内での防犯カメラ映像を公開。逃走中の北朝鮮の指示役4人や両被告の動きを分刻みで説明し「計画的な犯行で、被告には殺意があった」と指摘している。

 事件は、在マレーシア北朝鮮大使館の書記官らが事情聴取を受けたことから、北朝鮮の組織的関与が注目されている。しかし、公判で検察側証人として出廷した警察の捜査官は、情報機関から得たとみられる情報については曖昧な証言を繰り返し、詳述を避けている。事件直後に北朝鮮に逃亡した指示役4人の供述が明らかにならない中、殺害動機を含む全容解明はほとんど進んでいない状況だ。

 検察側の証人尋問は4月ごろに終了する見通しで、その時点で裁判長が「有罪立証は不十分」と判断すれば、直ちに結審して無罪を言い渡す。結審にならなかった場合は、その後2、3カ月かけて弁護側が申請した証人を尋問したうえで、結審、判決となる。この過程でフオン、アイシャ両被告が自ら証言台に立ち、事件に至る経緯の詳細を述べる可能性がある。マレーシアは3審制で、高裁判決後も控訴裁への控訴、連邦裁(最高裁)への上告が可能だ。最終確定までには相当の年月がかかりそうだ。

最終更新:2/12(月) 10:00
毎日新聞