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羽生のライバル、ネーサン・チェンを知る6つのこと

2/12(月) 10:06配信

日刊スポーツ

 読者が気になる話題に迫る「平昌 eye's」。第1回は日本男子フィギュアスケート勢の最大のライバル、ネーサン・チェン(18=米国)にフォーカスする。5種類の4回転ジャンプを武器に今季無敗。9日のショートプログラム(SP)ではミスもあったが、16日からのシングルで最注目は変わらない。「チェンを知るための6つのこと」で深掘りします。

【写真】チェンが米国王者、3種の4回転ジャンプ5度決めた

▼財団

 3歳で競技を始めるとき、両親は彼用の靴を買うお金がなく、姉の白いお下がりの靴を履いていた。それが小さくなり、購入資金が工面できない時に手を差し伸べてくれたのがワイス財団だった。年齢基準を満たしていなかったが特別に援助してくれた最初の200ドルに始まり、以降10年間で7万5000ドル以上のサポートを受けた。同団体の設立者は98年長野、02年ソルトレークシティー五輪米国代表のマイケル・ワイス氏。若いスケーターのための奨学金制度で数々の有望な選手を支えた。くしくも同氏は世界初の4回転ルッツを目指した人物。チェンがそのジャンプを跳ぶことは恩返しでもある。「彼がいなければいまの自分はない」。

▼4回転王

 米国選手団スポンサーのユナイテッド航空の広告。各競技の精鋭3人がアメコミ風に「超人」に変身するCMに主役の1人として抜てきされたチェンの超人名は「KING QUAD(4回転)」、4回転の王だった。その武器は5種類の4回転で、前向きに踏み切るアクセル以外全てを跳べるのは世界でただ1人。17年4大陸選手権フリーでは4回転5回すべて成功させる初の偉業も達成した。

▼ルーツ

 両親は中国で生まれ、20代で米国に移住した。チェンは5人きょうだいの末っ子として99年5月5日、ユタ州ソルトレークシティーで生まれた。今季のフリー曲「小さな村の小さなダンサー」は中国から米国に渡って成功した名バレエダンサー、リー・ツンシンの半生を描いたもので、自身のルーツと重なる。「僕の両親と共通点がかなりある、共鳴すると感じています。いろいろな苦しみ、体験をしました。僕がいい人生を送るために一生懸命苦労してくれた」と感謝を込める。なお、振付師は浅田真央さんの多くの作品を手がけたローリー・ニコル氏。

▼バレエ

 7歳でソルトレークシティーのバレエ団に入団。週6日レッスンを6年以上続けた。回転力や脚を強化できたが、最もフィギュアスケートに生きたのは表現力。劇団で幼少期から多くの観客の前で舞台に立ち、見ている人に肉体で訴える術を学んだ。ジャンプだけではない洗練された動きは、バレエスタジオにルーツをたどれる。

▼事件

 17年1月、ツイッター上が「#ネイサン事件です」のハッシュタグで沸き立った。90年のテレビドラマ「HOTEL」の名せりふ「姉さん、事件です」をもじったそれは、チェンの衝撃を日本に伝えた。同月の全米選手権で、ISU(国際スケート連盟)非公認ながら、フリーで5回の4回転を完璧に成功させたのだった。ここから一気に日本勢の好敵手として注目されるようになった。

▼体操

 10代半ばまで7年にわたり体操にも打ち込み、州および国レベルの競技会にも出場していた。「ジャンプやスピンは体操で養った空間認識力が役に立っていると思う」と自負している。肉体鍛錬は今でも熱心で、昨年9月のUSインターナショナルクラシックでも優勝した翌日に会場に現れて、器具や、片腕を腰にのせた片手の腕立て伏せを繰り返す姿があった。軸のぶれない、しっかりした滑り、切れのある動きの源泉がここにある。

 ◆ネーサン・チェン 1999年5月5日、米ソルトレークシティー生まれ。3歳で競技を始める。15年ジュニアGPファイナル優勝。17年4大陸選手権、GPファイナル優勝。趣味はサイクリング、読書。166センチ。

最終更新:2/19(月) 19:39
日刊スポーツ