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パリダカで日本人初の総合優勝 篠塚建次郎さんは今も現役

2/13(火) 9:26配信

日刊ゲンダイDIGITAL

 1987年、三菱パジェロに乗ってパリ・ダカール・ラリーを走り総合3位、97年には日本人初の総合優勝に輝いた篠塚建次郎さん(69)。SUV人気に火をつけた。山口百恵さんの義姉(タレントの三浦弘子さん=当時)と結婚したことでも話題になったが、今どうしているのか。

■夫人とペンションを経営

 篠塚さんに会ったのは東京メトロ茅場町駅から徒歩3分の弊社会議室。篠塚さん、山梨・清里の自宅から都内までマイカーのマツダCX―5を運転してやってきた。

「清里から都内まで160キロで、2時間ぐらい。しんどいから、普段はあまり運転したくない。今日はカミさんも一緒だから車で来ましたけど」

 篠塚さん、まずはこう言った。平坦な道の運転はツマラナイか。車はほかに日産のエルグランドを所有しているそうだ。

「普段乗る車にこだわりはありません。息子が乗りたい、という車を選ぶだけ。29歳になる息子は東京で俳優をやっています。運転はうまくて、A級ライセンスを持っていますが、レーサーで飯を食うのは大変だから」

 運転はしんどいと言いつつ、レースは別。篠塚さんはなんと、今も現役で走っているのだ。

「勝負がかかると楽しい。パリダカで総合優勝を狙うような走りは05年ぐらいまで。でも、今もアジアクロスカントリーラリー、ソーラーカーレースとか、年5、6回レースに出ています」

 体は身長168.5センチ、体重58.・5キロと引き締まり、体調管理は万全。

「特に病気はありません。トレーニングはしていますね。朝8時に起きてすぐ、走ったり、ストレッチを合計1時間弱。もっとも、お客さんがいたら、夜10時半ごろに寝るまでの間、プライベートの時間はほとんどなくて、トレーニングはできませんけどね」

 篠塚さんは今、JR清里駅から徒歩25分のところで、自宅兼ペンション「La VERDURA」を夫人と経営。ツインルームが全6室で、1人1泊朝・夕食付きで1万1000円(税別)と手頃な料金だ。87年に結婚した当初は“百恵ちゃんのペンション”と話題になった。

「もともとカミさんが経営してたんです。2000年から09年までは私がフランスを拠点にしたので休業し、帰国後に改装して13年に再オープンしました。16年に義弟(俳優・三浦友和さん)がTBS系の『ぴったんこカン・カン』という番組のロケでペンションに来たら、放送された次の日から電話が鳴りっぱなしで、すっごく忙しくなりました、ハハハ。もちろん、私も料理を運んだり、ベッドメークしたりしますよ」

 日々の楽しみは夫人との晩酌。日本酒やワインを楽しむ。仲がいいなあ。

「いや、ケンカはしょっちゅう、ハハハ。仲がいいのは義弟の友和クンのところ。結婚して一度もケンカしたことがないんだもん。(百恵さんは)気さくで優しい、普通の主婦。ウチと友和クンの家はよく行き来しててね。料理をお互い持ち寄って食べたりしてます」

 ウラヤマシー!!

■タッグを組んだ夏木陽介さんの死に「寂しい」

 さて、篠塚さんは東海大工学部在学中、三菱自動車のチームにスカウトされ、大卒後はサラリーマンドライバーに。1年目から活躍し、86年にはパリダカ初参戦。翌87年に総合3位に入った際は、NHKが連日報道し、一躍知られるようになった。97年、ついに日本人初の総合優勝を果たす。

「02年に53歳で退社するまで社員でしたから、給料は一般の社員と同じ。それでも走るのが好きだからいいや、っていう感じでした」

 その篠塚さんとパリダカでタッグを組んでいたのが、1月に腎細胞がんで死去した俳優・夏木陽介さん(享年81)だった。

「夏木さんとは86年に一緒にパリダカを走り、その後は93年まで夏木さんがチームの監督を務めてくれました。その後も電話で話したり、一緒に食事をしたりしていました。最後に電話で話したのは去年の春。夏木さんは元気で、『また一緒にメシでも食いに行こうね』と話していたので大変ショックで寂しいです。葬儀は内々でやったようなので、しのぶ会が開かれたらもちろん出席するつもりです」

 今後の目標は、18年末から開催されるアフリカ・エコ・レース。

「“七十歳の挑戦”と題し、企画書を作ってスポンサーを探しています」

 あふれる情熱に脱帽だ。