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事例は自らが作るもの ~事例病かどうかが分かる5つの判定基準~

2/13(火) 8:15配信

@IT

 数年前から「デジタルトランスフォーメーション」という言葉が各種メディアで喧伝されています。「モノからコトヘ」といった言葉もよく聞かれるようになりました。

 これらはUberなど新興企業の取り組みや、AI、X-Techなどの話が紹介されるとき、半ば枕詞のように使われており、非常によく目にします。しかし使われ過ぎているために、具体的に何を意味するのか、何をすることなのか、かえって分かりにくくなっているのではないでしょうか。

 その中身をひも解きながら、今の時代にどう対応して、どう生き残っていけばよいのか、「企業・組織」はもちろん「個人」の観点でも考えてみようというのが本連載の企画意図です。

 著者は「モノからコトへ」の「コト」――すなわち「サービス」という概念に深い知見・経験を持つServiceNowの久納信之氏と鉾木敦司氏。この二人がざっくばらんに、しかし論理的かつ分かりやすく、「今」を生きる術について語っていきます。ぜひ肩の力を抜いてお楽しみ下さい。

●Amazonになれるチャンスは、今やどの企業にもある!?

 今回は、筆者自身の苦い経験を基に、「他社の事例を参考にし過ぎること」は「2番でもよい」と考えてしまう悪癖の象徴だという話をしたい。

 2017年9月、米国のトイザらスが、経営に行き詰まりChapter11(米連邦破産法11条)適用を申請した(※日本法人は今回の適用の対象外)。国内でも名の通った存在であり、かつて「玩具店の巨人」とまでいわれた大手チェーンが、ネット通販の「小売りの巨人」、Amazonにディスラプトされた(破壊された)というのが、報道を含めた世間の大方の見方である。

 このニュースを知って、私は過去の紙オムツにまつわるある出来事を思い出した。それは、ようやく世にインターネットなるものが普及し始めた頃の出来事だ。

 あまり知られていないが、玩具販売を主業にしているトイザらスは、実は紙オムツの販売量もかなり大きい。インターネットの黎明期、紙おむつを製造する会社においてIT基幹システムの責任者という立場にあった筆者は、ある日営業部門から会議に呼ばれた。議題は、「ある新しいビジネスアイデアとその展開について」の検討だという。実際のところそのビジネスアイデアは、“今から20年前としては”、非常に革新的な内容であった。何を隠そう、それは「われわれメーカーが自社の紙オムツを消費者の自宅に直接届ける」というサービスだったのだ。

 たたでさえ手荷物が多い乳幼児を抱えたママたちの手元から、あの大きくて重たい紙おむつのパッケージを取り除いたら、間違いなく大歓迎されるであろう。日々消費されていく回転率の高い紙おむつという商材を、自宅に直接配送する流通チャネルを確立したら、あっという間に一定規模以上のビジネスに育つであろうことは火を見るより明らかであった。このアイデアに対する潜在需要の高さは、主婦へのアンケート結果からも裏付けられており、もしこれを他社に先んじて実現できれば、大きな差別化要素になるであろうことをわれわれは確信していた。

 ここまで読んで拍子抜けした読者もおられるかもしれない。2018年現在の感覚からすると、何を今さらと思うであろう。今でこそ、この手の配送サービスは非常に簡単に実現できそうに思える。だが、当時の状況は現在とは大きく異なっていたのだ。

 順を追って見てみよう。

 まずはITインフラ面。当時は硬直的なメインフレーム上で基幹システムを稼働させていた。ブロードバンドが各家庭を繋いでいたわけでもない。モバイル環境も携帯電話(今でいうガラケー)がようやく出回り始めたような状況であった。つまり、消費者とわれわれを常時接続してくれるような通信インフラ、決済のインフラは皆無に等しかった。

 続いて物流面。運送会社の配送センターを中継倉庫として使うことまでは想定したものの、その「倉庫にある在庫」は自社のものか、運送会社のものか、はたまた小売店(スーパーやドラッグストア)のものか、これをどう考えるか。また、消費者から時々刻々と発生する注文のトランザクションと、実際に配送する荷物の個数である「個口」をどう手違いなくマッピングするかなど、高度なロジスティックスのノウハウが求められることも明々白々であった。

 さらにファイナンス面。各出荷に対するお客さまの支払いをどうマッチングさせるか。自宅にいるお客さまからどのように現金を回収するか。現金書留、店頭一括払い、銀行振り込み、銀行引き落とし、クレジットカード――適する支払い方法はどれか。在庫資産のリアルタイムかつ正確な把握、未収金を含む売掛金の管理、新たな流通モデルにおける減耗品のリスク計上など、財務上のリスクも枚挙に暇がなかった。

 こうした販売・配送にまつわる一連の手続き・プロセスを整備・策定し、これを基幹システム上で実装するとなると、どれほど大掛かりなプロジェクトになるかは想像すらつかなかった。インターネットが行き渡っていないこの時代に、ネット通販の先進事例など、参考にしたくとも、存在すらしていなかった。

 結局われわれとしては、「何をクリアすればこの新しいビジネスアイデアを実現できるのか?」という前向きな議論ではなく、「このアイデアを実現できない理由」を挙げ連ねるという、後ろ向きな議論に終始してしまった。しまいには「業界には同様の成功事例はない」とまで付け加えた。結果、このビジネスイノベーションは実現されることはなかった。

 今、トイザらスのニュースを見て当時を振り返ってみると、当時われわれがビジネスのニーズに基づいてサービス戦略を策定し、「スモールステップ・クイックウイン」(スコープを細かく限定し、ステップを区切って実現する)のアプローチや、ITサービスマネジメントの考え方に基づく継続的改善の実行を、IT部門として提案できていれば、もしかすると今のAmazonのようなネット通販の先駆者として君臨していたかもしれない、などと考えてしまう。

●あなたは「事例病」か? 今すぐ分かる5つの判定基準

 さて、ここであなたに問い掛けたい。世に「1番じゃなく2番じゃダメなんですか?」という迷言があるが、あなた自身も「2番でよい」と思ってはいないだろうか? 2番でもよいなんていうマインドセットで、ディスラプターと競合したり、協業したりできるだろうか?

 象徴的なお話をしよう。

 あなたやあなたの周囲の方々は、何か新しいことに取り組もうとするとき、(1) 取引のある外部ベンダーに「類似する事例」の紹介を依頼してはいないだろうか? そして、いざ紹介されると(2)「自社と同じ業界の事例」を持ってくるよう依頼してはいないだろうか? 紹介されると次は(3)「自社と同程度の事業規模の事例」を探すように依頼してはいないだろうか? そして今度は(4)「これは本当に効果の上がった成功事例なのか?」と疑いの目を向けてないだろうか? 最後には(5)「自社より成熟した企業の事例なので、この事例は自社には参考にならない」と切り捨ててはいないだろうか?

 もうそこまで行くと、それは「自社が成功した後の未来の姿を、事例として持ってこい」という禅問答のようにも聞こえる。原点に立ち戻って考えてみてほしい。果たして、新しいことを創造しようとしているとき、そこに先進事例は存在するのだろうか? 事例があったら、その試みはすでに創造的ではないのではないか?

 事例公開の舞台裏にも目を向けよう。筆者は過去にさまざまな事例公開プロセスに携わってきたが、プロジェクトが成功した暁に「ぜひ事例として情報公開してほしい」とお願いすると、「広報の許可が取れない」という理由で、実に多くの企業が事例公開に積極的ではなく、先進的な優れた取り組みの大半が世に知られずひっそりと稼働しているというのが現実である。

 また、何とか公開にまで漕ぎ着けた事例においても、それが公開に至るまでにはさまざまな社内ステークホルダーのレビューを経るケースも多く、その過程で化粧直しが施されて事例としてのフォーカスがボケてしまう場合も多い。またそもそも、門外不出の企業独自のコアコンピタンスが、事例を通して公開されることは決してないと思った方が良いだろう。

 このようにさまざまな制約がある中で、事例に頼ることにどれだけの意義があるのか? どうすれば事例に頼らなくなるのか? これはあなた自身のマインドセット次第なのではないか? 結局のところ、事例を求めてもイノベーションは先へ進まないのが現実である。時間の無駄だ。

●事例は自ら作るもの。今こそスピード、俊敏性を高めるべきだ

 アメリカには80:20(エイティ・トゥエンティ)という言葉がある。これは「おおよそ8割程度実行可能と判断した企画であれば、残り2割の不確定要素のリスクは取って(リスク管理をして)どんどん前に進もう」という意味である。こういうマインドセットが定着しているお陰だろうか、アメリカではIT関連の新しい起業や発想を元にしたイノベーションがどんどん生まれている。もちろんその裏で多数の失敗があることも認めるが。

 事例を拠り所に2割のリスクを消そうと考えても時間の浪費だということは既に述べた。実行の遅れは先行者利益を減らす。機会損失が大きくなるだけだ。考え方を改め、「ビジネスイノベーションの事例は自らが作るもの」と肝に銘じるべきだ。

 それに、事例に頼るようなマインドセットでは、取り組みを開始(プロジェクトを開始)したとしても、その後に立ちはだかるさまざまなマイルストーンやハードルを乗り越えられるとは到底思えない。

 インターネットの黎明期とは異なり、今はクラウドの時代、FinTechの時代である。各家庭には光ファイバーが行き渡り、誰もがスマホと共に生活している。クレジットカードによる回収代行サービスもこなれており、運送会社もロジスティックスをサービスとして提供してくれる。インフラやプロセスを一から設計する必要は全くなくなったのだ。ディスラプターとの対峙に集中できる環境は、整っているはずだ。

 もう事例に頼るような進め方からは脱却し、自らが事例になる気概を持って新しいことにチャレンジする必要があると思う。それができなければわれわれ(あなた自身)の将来のキャリアパス(社内昇進や転職、起業)を描くことはできないだろうし、チャレンジ精神があってリスクもマネージできる人材が多くの企業で渇望されている時代に、飛躍のチャンスを逃してしまうであろう。



 余談だが、当時ITサービスマネジメント的発想を持ち込むことができず、紙おむつビジネスのイノベーションができなかった私は、今、サービスマネジメントをビジネスの本丸に据えている企業の一員である。同じ議論に参加していたファイナンス部門の1人はトイザらスを追い込んだと報道されたAmazon(紙おむつも通販している!)のトップとしてイノベーションの先頭を走っている。実に面白い偶然と現実だ。

 今回は「事例を求め、事例につぶれる」ケースを紹介したが、次は「ROIを求め、ROIにつぶれる」ケースを紹介しよう。お楽しみに。

●著者プロフィール
○久納 信之(くのう のぶゆき)
ServiceNow ソリューションコンサルティング本部 エバンジェリスト
 米消費財メーカーP&Gにて長年、国内外のシステム構築、導入プロジェクト、ITオペレーションに従事。1999年からはITILを実践し、ITSMの標準化と効率化に取り組む。itSMF Japan設立に参画するとともにITIL書籍集の日本語化に協力。2004年からは日本ヒューレット・パッカード株式会社、その後、日本アイ・ビー・エム株式会社においてITSMコンサルタント、エバンジェリストとして活動後現在に至る。「デジタルビジネスイノベーション=サービスマネジメント!」が標語・座右の銘。EXIN ITILマネージャ認定試験採点を担当。著書として『アポロ13に学ぶITサービスマネジメント』『ITIL実践の鉄則』『ITILv3実装の要点』(全て技術評論社)などがある。

○鉾木 敦司(ほこき あつし)
ServiceNow ビジネス推進担当部長
 日本ヒューレット・パッカード株式会社に19年間勤務。顧客システム開発プロジェクト、ハードウェア・プリセールス、ソフトウェア・プリセールス、プリセールス・マネージャー、ソフトウェアビジネス開発に従事。2017年より現職。一男三女の父であり、30年後も多くの日本企業が世界中で大活躍する野望実現のため、サービスマネージメント・プラットフォームの重要性啓蒙活動にいそしむ。電気情報通信学会発表論文に『OSS市場と市販製品の動向-市場成熟度が製品シェアに与える影響』がある。

最終更新:2/13(火) 8:15
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