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集約進む石巻・仮設住宅ルポ 安住の地待ち望む 残る住民支え合う

2/13(火) 10:26配信

河北新報

 東日本大震災の最大被災地・石巻市でプレハブ仮設住宅の集約が進んでいる。宮城県内最多の1882戸が整備された開成、南境両地区も空室が増え、一部で昨年、解体が始まった。震災からも間もなく7年。両地区には今なお、計260戸538人が暮らす。その日常を訪ね歩いた。(石巻総局・鈴木拓也)

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 1日午前7時すぎ、南境第4団地に住む会社員小嶋毅さん(59)が食事を載せたお盆を持ち、団地の敷地を足早に横切った。

 向かった先は同じ仮設団地で暮らす母親(86)宅。「2年ほど前から体調を崩し、料理を作れなくなった。朝昼晩、うちで用意して運んでいる」と小嶋さん。

 旧北上川沿いにあった同市住吉町の自宅は津波で全壊し、夫婦で仮設住宅に移って6年3カ月が過ぎた。「慣れてしまったけれど、冬は寒い。もっと早く出たかった」。待ち望んだ2世帯住宅は6月末に完成予定だ。この日は土地の契約のため市役所に出掛けた。

 仮設住宅からついのすみかに転居が進む。ただ、人とのつながりを求め、仮設住宅に顔を出す元入居者も少なくない。

 午前10時。南境第7団地の集会所で始まった「お茶っこ会」には仮設住宅の女性3人に加え、転居した3人が訪れた。

 そのうちの1人、千葉正敬さん(81)は震災まで海辺の町で製材業を営んでいた。被災して店を畳み、2015年5月まで仮設住宅で暮らした。引っ越した災害公営住宅では隣近所の名前も分からず、戸惑うことも多かった。

 「仮設住宅では玄関の前にいれば誰かと話せたけれど、災害公営住宅ではそうもいかない。仮設住宅の方が楽しかったかもしれない」。集会所で大崎市出身の故フランク永井さんの名曲をカラオケで歌い、仲間との交流を楽しんだ。

 日没を迎えた午後5時ごろ、1台のタクシーが女子中学生を乗せて南境第4団地に入った。約20キロ離れた雄勝中に通う3年生。タクシーは市による通学支援で、仮設住宅からスクールバスの停留所まで運んでくれる。

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最終更新:2/13(火) 11:22
河北新報