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<三重>東北・江戸航路開拓 河村瑞賢生誕400年イベント

2/13(火) 8:07配信

毎日新聞

 江戸時代に東北と江戸を結ぶ航路を開いたことで知られる三重県南伊勢町出身の商人、河村瑞賢(1618~99年)の生誕から15日で400年を迎える。同町では4日、瑞賢を主人公とする小説の著者、伊東潤さん(57)の講演会が開かれた。瑞賢の功績に関心を持つ地元住民も聴き、郷土の偉人に思いをはせた。【井口慎太郎】

 現在の南伊勢町東宮の貧しい農家に生まれた瑞賢は、13歳で江戸に行き、荷車引きから身を起こして材木商になった。1657年の明暦の大火の際、木曽の材木を使って再建に貢献した。その実績を幕府に認められて公共事業を取り仕切るようになった。東北地方から江戸への米を運ぶ航路として、太平洋側の東回り航路と日本海側から下関海峡などを経由した西回り航路を開いた。

 伊東さんは小説「江戸を造った男」で瑞賢の生涯を描いた。4日に南伊勢町であった講演会には地元の人ら約360人が詰めかけた。伊東さんは「瑞賢の前半生に言及した史料は乏しく、限られた情報から類推して人物像を形作っていった」と執筆の苦労を語った。

 その上で「世のため、人のために身を粉にして働く希代のプロジェクトリーダー。大火で焼けた街を復興させるなど、ピンチをチャンスに変える力があった。貧しい生まれから立身したので、労働者からの人望も厚かった。世界都市・江戸の発展に寄与した真の英雄と言える」と業績と人柄を評価した。

 会場には、瑞賢を愛してやまない地元住民の姿もあった。ヨット歴50年のボートサービス会社経営、寺田順さん(68)=南伊勢町五ケ所浦=は瑞賢生誕から400年を記念して昨年5~6月、東回り・西回り航路をヨットで航海した。寺田さんは町の観光協会特命大使を務めており、西回り航路の起点の酒田港(山形県酒田市)を訪れ、小山巧・南伊勢町長の親書を丸山至・酒田市長に手渡した。

 吉見港(山口県下関市)近くでは、船底の重りが浅瀬にぶつかり、潮の流れも悪くなった。瑞賢はこの付近の航行について「暗礁が多く、安全に通過するには誘導船を用意するように」と忠告していたとされる。寺田さんは「瑞賢の航路をたどったことを実感し、その洞察力はさすがだと思った」と振り返る。

 食品会社を経営する田岡正広さん(72)=南伊勢町宿浦=は昨年11月、功績を伝える書籍「わたしの瑞賢論」を自費出版した。20冊ほどの関連本を読み込んで勉強したという田岡さんは「航路の開拓で江戸は発展し、農民の暮らしも格段に豊かになった。多くの難事業を成功させた瑞賢のルーツは13歳まで育った南伊勢町にある。人口減少で疲弊する町の活性化のためにも、瑞賢の顕彰を続けていきたい」と話す。

最終更新:2/13(火) 8:29
毎日新聞