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“俳優・田村正和”を作った「眠狂四郎」 ニヒルなイメージがあったからこそコメディーで注目

2/14(水) 16:56配信

夕刊フジ

 【田村“狂四郎”の神髄 ペリー荻野】

 俳優、田村正和(74)のブレークが、1972~73年放送の「眠狂四郎」(フジテレビ系)だ。その後も狂四郎を演じ続けてきたが、ついに17日放送の「眠狂四郎The Final」(同)でその幕を閉じる。

 眠狂四郎は転びバテレンと大目付松平主水正の娘との間に生まれたという出生の秘密を抱え、孤高に生きる剣士。その腕と美貌を狙う悪人といや応なく戦うことになる狂四郎は、時に必殺の円月殺法で世の矛盾までも斬り捨てる。原作は人気時代小説家、柴田錬三郎。

 田村の狂四郎がフジ系で放送されるのは72年のドラマ以来、半世紀ぶり。同じ役を50年近く演じられるのもさすがだが、気になるのは「Final」の文字だ。

 めったにインタビューを受けない田村が「ノンストップ!」(同)などで「キャリアを終えるきっかけを探す中でこの役をもう一度演じたいと思った」といった発言をしている。74歳の名優の言葉には重みがある。

 田村と狂四郎との出会いは、同じく柴田錬三郎原作の「岡っ引きどぶ」に出演したことだった。田村の役柄は岡っ引きどぶ(山崎努)を助ける盲目の与力、町小路左門。

 すらりとした姿勢で目を閉じたまま、暴れん坊のどぶの報告を聞き、助言する。その美しいたたずまいに柴田がほれ込み、狂四郎に推薦。後に自ら狂四郎の恩師「高輪の先生」役で出演もした柴田は、当時人気を集めていた「木枯し紋次郎」の汗くささに対して、田村の狂四郎は「タキシードを着て殺しをやるオーデコロンのさわやかさがある」と評している。

 確かに田村には、狂四郎の定番といえる黒の着流しで少し足を斜めに出し立つだけで何とも言えない色気がある。ニヒルで女泣かせだが、自分なりの筋を通す狂四郎は田村の人気を決定づけた。

 その後の田村は狂四郎以後、「鳴門秘帖」「乾いて候」に主演。80年代以降は「パパはニュースキャスター」などコメディーでブレークする。くすりとさせられるセリフと名推理を見せた「古畑任三郎」でも高視聴率を獲得した。

 ニヒルなイメージがあったからこそ、意外ともいえるコメディーで注目されたことを思うと、やはり狂四郎が“俳優・田村正和”を作ったといえるだろう。その当たり役を自らFinalとして演じることに、役への強い思いを感じずにはいられない。(時代劇コラムニスト・ペリー荻野)

 ■眠狂四郎(ねむり・きょうしろう) 1972年10月~73年3月、フジテレビ系で放送(全26回)。共演は山本陽子、山城新伍ら。

 89~98年には、テレビ朝日で田村正和主演の特番ドラマが4回放送されている。

 「眠狂四郎 The Final」は17日午後9時から、フジテレビ系で。共演は津川雅彦、椎名桔平、吉岡里帆ら。

最終更新:2/14(水) 16:56
夕刊フジ