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川島永嗣が感じた日本と欧州の違い…GKへの思いとヨーロッパでプレーする意義

2/14(水) 12:06配信

GOAL

いかにして「川島永嗣」は作られたのか

スタッド・ムニシパル・サン=サンフォリアンでの取材に現れた川島永嗣は、最初に1分遅刻したことを謝った。日本代表の現ゴールキーパー(81試合出場)は、7年前にヨーロッパへやってきて、FCメスでは2シーズン目になる。ロングインタビューで心のうちを語ってくれた。『ル・パリジャン』が報じている。

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ここまでリーグ戦の出場は17試合。ライバルの負傷もあり、正GKの座を獲得し、最後方からチームを支える。しかし今シーズンも、残留争いに巻き込まれた昨季と同様にメスは苦しんでいる。最下位で苦しむチームは、第17節まで勝ち星がわずか1つであった。それでも、試合後に川島から放たれる言葉は前向きなものばかりだ。

いかにして今の「川島永嗣」は作られたのか、そして欧州でプレーすることの意義とは何になるのか。改めて迫った。

(構成:Goal編集部)

「ヨーロッパでの文化にカルチャーショックを受けた」

――そもそもゴールキーパーになろうと思ったのはなぜですか?
アルゼンチン代表のゴールキーパー、セルヒオ・ゴイコチェアに憧れたからです。彼は、1990年のワールドカップで、ユーゴスラビアとイタリアを相手に、PK戦で大活躍しました。当時はインターネットがなく、彼を見るためにビデオデッキを買いました。とても感動しましたね。ゴールキーパーというのは難しいポジションですが、彼がシュートを止めるシーンを見て、とても興奮しました。その後、僕自身がゴールを守るときに、同じような気持ちを感じるようになりました。難しいシュートを止めると、幸福を感じますね。

――ヨーロッパでの初めてのサッカー経験は、いつですか?
18歳のとき、パルマの練習に数週間参加しました。当時、僕はJ2のチームに所属していて、レギュラーでもありませんでした。チームメイトの一人に付いてきてヨーロッパへ来たんです。今までと違うことを学びたかったんですね。そのとき初めて、ヨーロッパの文化にカルチャーショックを受けました。日本では、5分後に会おうと約束したら、それは5分であって、6分ではないんです。パルマでは、それが30分や40分になることがあるとわかりました。僕が触れ合ってきた文化とは違いましたね。今では、それが、ここではどういうことなのか、理解しています。メスでは、それほどではないですよね。たぶんドイツに近いからでしょう。

――27歳のとき、日本代表になったあなたは、川崎フロンターレとの契約を解消して、あてもなしにヨーロッパに来ました。それは、なぜですか?
それは、2010年のワールドカップの前のことで、僕は代表では第2キーパーでした。今までと違うことをする必要があると感じていました。パルマやエラス・ヴェローナ、ウディネーゼでトライアルを受けましたね。最終的に、僕は日本代表のゴールキーパーとなって、ワールドカップでプレーしました。そのおかげで、ベルギーのリールセSKと契約することができました。ヨーロッパへ出発する前、イタリア語と英語のレッスンを受け、ベルギーではフランス語を学びました。

――日本のサッカーとヨーロッパのサッカーの一番の違いは何ですか?
日本では、サッカーをきちんとプレーしないといけません。正確には、なんていうんだろ(編集部注:川島はスマホの翻訳機能を使って単語を探した)。サッカーの本質ですね! ヨーロッパでは、サッカーは楽しむものです。それがヨーロッパでのサッカーの文化で、細かいことは気にしないでプレーします。ベルギーに来る前、凍った地面でサッカーをしたことはありませんでした。そんな危険なこと、日本ではありえませんから。ヨーロッパでは、サッカー文化が何に対しても優先されます。

――ベルギーで川島ツアーというものがありましたが…
僕の試合を見るために、ベルギーに来る日本人女性が大勢いましたね。日本人選手では、よくあることです。僕の場合は大したことではありませんでした。同じ日本代表の内田篤人なんか、シャルケにいたとき、バス5台で200人が、ドイツでの試合を見にやってきたんですよ!

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最終更新:2/14(水) 14:29
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