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スマイルジャパン久保英恵、中3で代表入りした“天才少女”が苦難乗り越えつかんだ“1勝”

2/15(木) 5:32配信

スポーツ報知

◆平昌五輪第6日 アイスホッケー女子1次リーグB組最終戦 日本4ー1コリア(14日、関東ホッケーセンター)

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 1次リーグ敗退が決まっていた女子日本代表「スマイルジャパン」は同最終戦で南北合同チーム「コリア」を4―1で破った。98年長野大会から五輪13試合目にして悲願の初勝利。第1ピリオド(P)開始1分でエースの久保英恵(35)=西武=がゴールを奪うとチーム最年長の小野粧子(36)=御影グレッズ=らが追加点を決めた。日本は18日からの順位決定戦に回る。

 1勝をたぐり寄せる先制点を決めた久保。頼れる大黒柱は、中学3年生で日本代表に招集された天才少女。しかし、代表と同様、苦しい道のりを歩んできた。小学4年生の時、文集に「五輪が目標」と書き、アイスホッケーの道を走り始めた。だが02年ソルトレークシティー、06年トリノ大会は最終予選で敗退。「3度目の正直」と挑もうとしたバンクーバー大会。「世代交代」を理由に、08年の最終予選直前で代表から外された。

 「お父さん、やめていい?」。初めて家族の前で弱音を吐いた。しかし、アイスホッケーへの気持ちが途切れ始めた娘を父・章一さんは一喝。「バカ野郎。何のスポーツも3連覇したら名監督になる。世話になったところ(所属チームの西武)に恩返してからにしろ!」

 再びスイッチが入った。西武のエースとして、08~10年に全日本3連覇。「やっちゃったよ(笑い)」と父は驚くしかなかった。父との約束を果たし、久保は10年3月に現役引退。実家に連絡し「自分の部屋のフローリングを替えてほしい」と伝えた。何もかも白紙に戻すためだった。

 それでも「英恵が必要だ」と熱心に誘ってくれた人がいた。当時、日本連盟副会長を務めていた若林仁さん。何度も実家を訪れ「戻って来てくれ」と説得してくれた。久保は拒み続けたが、地元の男子チームの練習に誘われると、なぜか自然と足が向いた。まだ、心のどこかで諦め切れていなかった。3度、4度と説得された12年秋。「お父さん、車もらうね」と7人乗りの車に自分の荷物を全部詰めた。全てを察した父は「行くんなら行ってこい!」。北海道・苫小牧から東京に車を持っていかれた悔しさは残ると笑うが、娘の“現役復帰”は何よりうれしかった。

 4歳のときに競技を始めた。家では、干してある兄の大きなスケート靴を履き、足をひねりながらも、楽しそうに歩き回った活発な娘が、競技を始めて31年にして「次につながる勝利」を挙げた。この1勝を糧に、まだまだ久保は走り続ける。

最終更新:2/15(木) 8:16
スポーツ報知