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目についた床の汚れを歩きながら捕獲できる「おそうじスリッパ」

2/15(木) 7:00配信

Impress Watch

家事アイテムオタクなライター藤原千秋が、暮らしの不具合等々への現実的対処法とともに、忌憚ないアイテム使用感をご紹介していく連載記事です

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 じつは長いこと私は「アンチ・スリッパ」派だった。スリッパという存在に対してあまりポジティブな思いを抱いてこなかったからだ。

 思うに遡ればそれは、幼い日に親戚宅のトイレで、スリッパを深い暗黒の穴に落下させてしまった失敗に起因する。あの取り返しのつかない絶望感、消えたスリッパを探すため覗き込めば自分まで漆黒の底に堕ちかねない恐怖は、いまだたまに夢に出るほどだ。

 かくしてあの「汲み取り式」トイレから遠ざかり数十年経てもなお、私は自分の家庭のなんの変哲もない水洗トイレでもスリッパの使用を差し控えていたわけで、恐怖とは根深いものである。加えて家の中でもスリッパを履くことがまずなかったのは、その裏側が無体に汚れることに切ない無常感を抱いていたからである。

 かつて学生時代に勤しんでいた住宅展示場アルバイトでの業務のうちに、毎日お客様用スリッパ(25足)の裏側をひたすら拭く、という作業があった。あの生活感のない、異常に綺麗にしている展示場においてすらスリッパの裏は毎日真っ黒になっており、いつも「解せない」と思っていた。

 まあ靴下で歩き回れば、結局同じだけ靴下の裏が汚れるという証左でもあるのだが、毎日洗濯する前提の靴下に対しては感じない生理的な違和感が、スリッパの裏の汚れにはあったのだ。それは合理性ある感情ではないのかもしれない。が、ともかく私はスリッパを履くというライフスタイルからは遠い場所で長らく暮らしてきたのである。

 と、前置きが長くなったが、ここで「激落ち おそうじスリッパ」の登場である。正直似たような商品はこれまでも他にいろいろあったような気もしたのだが、なにか惹かれるものがあり、昨秋のある日、買い物に出かけたホームセンターに陳列されていたこの商品を手に取った私は家に帰ってさっそく履いた。

 意外なほど、まあ普通のスリッパだった。ちょうど秋口で、底冷えがはじまる頃合いだったのでフカフカのテクスチャーに、単純に温かみを覚えた。そしてそのまま履いて生活していて、ほどなく私は悟った。

 「足裏……使える」ということを。

 ただちょっと屈んで、何かで拭けばいいというのはわかる。それだけの動きを省略したいズボラ心は美しくないかもしれない。しかし、目に付いた床のホコリ、足先でちょいちょいと拭える。おお。なんかまあ戻らずそこに吸収してもらえる。へえ。家のいたるところでちょいちょい、拭ける。楽。スリッパをひっくり返すと案の定汚れている。道理である。

 仕方ないので、洗って、干す。意外に早く乾くので、また履く。せっかくなので二足目も入手し、交互に履いたり干したりしながら使い継いでいる。なぜ、気に入ってしまったのだろう。

 それは、このスリッパが、ただのスリッパではなく「掃除道具」である、という存在意義を標榜しているからだろうと私は踏んでいる。スリッパ裏の汚れを、無体で無常な存在にしないその在り方に、私は微かな真理を見ているのかもしれない。

家電 Watch,藤原 千秋

最終更新:2/15(木) 7:00
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