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平昌五輪 女子躍進 鍵は「オランダ流」

2/15(木) 7:55配信

産経新聞

 日本女子が五輪の個人種目で同時に表彰台に立つのは夏季、冬季を通じて初めての快挙だ。2014年ソチ大会で誰も表彰台に立てなかったスピードスケートの日本代表は、この4年間で見事に立て直した。復活の鍵は「オランダ流」の採用と、ナショナルチーム(NT)の常設だ。

 小平奈緒はソチ五輪の女子500メートルで5位に終わった後、オランダに渡った。ソチで金8個、平昌でもここまで全5種目を制しているスピードスケートの「王国」だ。小平は現地チームで唯一の日本人。専属トレーナーもいない中、“虎の穴”で練習し、強さの理由を探り続けた。

 約2年の留学で、上半身を起こすオランダ勢のフォームを研究。死に物狂いで勝負するオランダ人の気迫が、競技力に直結することも肌で学んだ。練習量は追い込み重視の日本より少ない。小平は「常識を全て覆された」という。

 日本スケート連盟はソチ五輪後、NTを常設。中長距離部門ヘッドコーチ(HC)にオランダ人のヨハン・デビット氏を招いた。デビット氏は、選手の個性に合った練習メニューを組むだけでなく、通訳を介さず選手に語りかけ、奮い立たせる手腕にもたけている。

 2年前の世界選手権で、強敵のイレイン・ブスト(オランダ)の滑走を見た高木美帆が「やっぱり強いね」と漏らした。そばにいたデビットHCは「なぜ自分はできないと思うのか。俺なら『自分もできる』って思うぞ」とたしなめている。このやりとりを機に、高木美の滑りが変わった。

 橋本聖子会長は「オランダのやり方を押しつけるのではなく、日本人向けにアレンジしたことでうまくいっている」と指摘する。

 この日の女子1000メートルで小平が銀、高木美が銅。王国のエッセンスを吸収した「二枚看板」が表彰台に立ち、強化策の正しさを実証した。日本がオランダの独走に待ったをかける時代は、そう遠くないかもしれない。(五輪取材班)

最終更新:2/15(木) 11:10
産経新聞