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【門間前日銀理事の経済診断(3)】 FRB議長にパウエル氏就任、低インフレでも利上げを急ぐべきか

2/15(木) 15:01配信

ニュースソクラ

イエレン議長が後任に託した宿題

 2月3日、ジャネット・イエレン氏は、FRB(米国連邦準備理事会)の議長として4年の任期を終えた。ボルカー、グリーンスパン、バーナンキといった歴代議長に比べてあまり目立たなかったとの論評もある。

 それは決して悪いことではない。中央銀行は本来、決済・金融システムの安定運行をつかさどる縁の下の力持ちである。中央銀行が目立たないというのは、経済がうまくいっていることの裏返しでもある。

 イエレン氏の4年間に雇用は大幅に改善し、株価も大幅に上昇した。何よりも、市場を混乱させずに金融政策の正常化を軌道に乗せた功績は大きい。

 しかし、原因が解明しきれていないいくつかの現象が、最後までイエレン氏を悩ませ続けたことも事実である。その一つは「低インフレの謎」である。原因としてイエレン氏自身も可能性を指摘したのは、グローバル化やオンライン・ショッピングの広がりである。

 そうした構造的な変化自体は金融政策ではどうすることもできないが、金融政策はそれに対応しなければならない。つまり、従来と同じインフレ目標を維持する限り、従来以上に強い金融緩和を行い、構造要因の影響を相殺しなければならない。

 一方で、米国の失業率は、FRBが考える完全雇用水準を既にかなり下回っており、循環的にみればインフレがいつ加速してもおかしくない状況にある。構造的な弱さと循環的な強さのバランスをどう見極めるのか、FRBは難しい判断を迫られる。

 もう一つ、イエレン氏が在任中たびたび口にした「謎」がある。「低生産性の謎」である。

 シリコンバレーで次々にイノベーションが起こり、アップル、グーグル、アマゾンなどの米国企業が世界市場を席巻しているにもかかわらず、米国の生産性上昇率はここ数年極めて低いのである。OECD(経済協力開発機構)によれば、米国の生産性上昇率は日本よりも低くなってしまっている。

 生産性上昇率が低下すれば、経済の潜在成長率も低下する。さらにそれを反映して、イエレン氏が着任した当時に4%と推計されていた均衡金利は、4年後の今、2.75%まで低下している。

 均衡金利というのは、金融政策が完全に正常化した時の政策金利の水準のことである。したがって、それが低下したということは、平時における利下げの余地、いわゆる「糊代」が少なくなり、次のリセッションへの備えが小さくなってしまったことを意味している。

 トランプ政権の財政政策がこの問題に拍車をかけている。大型減税は短期的には景気にプラスかもしれないが、中長期的には財政赤字の拡大要因になる。

 米国の政府債務残高は既に歴史的な高水準にある。その中で大型減税を実施すれば、今は良くても、将来のリセッションへの備えが、財政政策の面でも手薄になってしまう。

 金融財政両面での「糊代」をこれ以上減らさないために、FRBにできることは、中長期的なインフレ予想を2%、場合によってはそれより少し高いところで、しっかりつなぎ止めることである。それにより、均衡金利がさらに低下するのを防ぐことである。

 そうした問題意識から、FRBの内外で現在2%となっているインフレ目標のあり方を巡る議論、金融政策の「枠組み論」が活発になってきている。

 外部の学者達からは、インフレ目標を4%ぐらいまで引き上げれば、「糊代」を大きくすることができて都合が良い、との提言も出されている。さすがにFRB内部では、4%インフレに同調する声はない。

 それでも、ある地区連銀総裁から、1.5~3%という少し高めのレンジにインフレを誘導してはどうかとの意見が出ている。また、インフレが2%を下回ってしまったら、それを取り戻すまで2%超のインフレを目指し、平均では2%をしっかり守るべき、という考え方に魅力を感じている地区連銀総裁は複数存在する。

 インフレ目標のあり方を大きく変更するのは、実際には難しいだろう。しかし、中長期のインフレ予想の低下を回避すべきという問題意識自体は、中央銀行にとって至極もっともなものだ。今後、インフレが2%を上回りそうになっても急いで引き締めはしない、という考え方で米国の金融政策が運営されていくのかどうか、注目したい点の一つである。

 以上のように、イエレン議長時代に浮上した二つの謎、「低インフレの謎」と「低生産性の謎」は、いずれも利上げを慎重にさせる方向に作用する。景気が強いのに物価は上がらず「適温経済」だ、という市場の楽観論は、そう簡単にFRBが利上げを加速させるはずはない、という前提に基づいている。

 一方、BIS(国際決済銀行)は、同じ「低インフレの謎」という問題に対して、全く逆の政策的含意を説いて警鐘を鳴らす。

 グローバル化や技術革新などの構造的な要因が物価を押し下げている可能性があるならば、余計にインフレ率が低いうちから早めに引き締めるべきであり、インフレ目標にこだわって低金利を続けるとバブルが膨らんでしまう、というわけだ。

 どちらが正しいのだろう。低インフレ、低生産性、高資産価格、の三元連立方程式をどう解くか。その宿題はパウエル新議長の手腕に託された。

■門間 一夫(みずほ総合研究所 エグゼクティブエコノミスト)
1957年生。1981年東大経卒、日銀入行。調査統計局経済調査課長、調査統計局長、企画局長を経て、2012年から理事。2016年6月からみずほ総合研究所エグゼクティブ・エコノミスト。

最終更新:2/15(木) 15:01
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