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人材確保、働き方改革……森ビルはなぜWeWorkに注目したのか

2/15(木) 8:11配信

BUSINESS INSIDER JAPAN

創業から60年にわたり、東京をはじめアジアの都市開発に携わってきた森ビルは2018年、ニューヨーク発のコワーキングスペースWeWorkをアークヒルズサウスタワーとギンザシックスに迎えた。

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六本木ヒルズという職住近接の都市モデルを築き、アジアの金融センターの一つである上海環球金融中心を手がけるなど、都市づくりを通じて街や人を見つめてきた森ビル。働き方をめぐる価値観が大きく変わろうとする現代をどう見るのか。WeWorkを招いた狙いとは。副社長の森浩生氏に聞いた。

タレントを確保する役割

「人材不足の時代、タレント(いい人材)を確保することが何よりも大切。そこが鍵です。タレントを集められる環境をどうつくるか。オフィスや空間が大きな役割を果たすことは間違いない」

東京都港区にそびえ立つ六本木ヒルズ森タワーの高層階フロア。窓の向こうには、夕暮れ時の薄紅色に染まる東京タワーと六本木の街が広がる広大なオフィスフロアで、森氏は、これからの「働く空間」について、そう語った。

海外事業のトップを長年務める森氏は、インタビューの2日前にインドのシリコンバレーと呼ばれるバンガロールから帰国した直後だった。グローバルIT企業が拠点を置く、現地のWeWorkも視察したという。

そこでも痛感したのが、オフィス事業者もテナント企業も「人材をいかに確保するか」に心を砕いたオフィスづくりだった。

遊びの中から仕事が生まれる

働き手と企業を内包する働く空間は、時代とともに移り変わる。

高度経済成長期を迎えた1959年創業の森ビルは、バブル崩壊、長引くデフレ経済にITバブル、リーマン・ショックと日本経済の変遷をディベロッパーの立場で体感してきた。

「私が就職した頃は高度成長期の後半。当時はみんなで一つのことを積み重ねれば、日本経済は成長を続けました。その後、外資系企業が来て日本の働き方も変わっていった。とくに外資金融は朝早くから遅くまでものすごく働くが、オンとオフの切り替えをする。そういうあり方を森ビルも意識していました」

1990年代半ばから2000年代にかけて米ゴールドマン・サックスや米リーマン・ブラザーズなど名だたる投資銀行が来ると、スターバックスが入り、果物や軽食のカフェテリアがあるようなオフィスがブームになった。トレーディング(株や証券の取引)や為替の部署がワンフロアに集まるような、広大なオフィスの登場もその頃だ。2003年に竣工した六本木ヒルズの大空間オフィスは象徴的だ。

その後、2008年9月のリーマン・ショックで、一部の外資金融は退出。グーグル、アップルなどテック系企業が台頭すると、オフィスはポップになった。卓球台やエアーホッケー台があって、カフェも充実している。

「むしろオンとオフの境目をなくすというか、遊びの中から仕事が生まれている。機械化も進み、ものを作るのではなく、頭を使う、新しい製造業の形が生まれて来ました。そこで必要となったのが、働き方のイノベーションです」

「少子高齢化で人は増えない、残業規制で時間も増やせない。となると、効率を良くするしかない。仕事の仕方を変えるしかない」と、森氏は指摘する。

そこで求められるオフィスは、どんな空間になるのか。

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