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【平昌五輪支える力】「晴れ舞台悔いなく」 フィギュアチームDr.土屋さん

2/15(木) 13:34配信

千葉日報オンライン

 前回五輪チャンピオンの羽生結弦選手(ANA)が2連覇に挑めば、女子はエースの宮原知子選手(関西大学)らが平昌でメダルを狙う。冬季スポーツの中で、日本で最も人気があり実力を兼ね備える「フィギュアスケート」だ。2人をはじめ、国内トップ選手を長年サポートしてきた船橋整形外科病院(船橋市)副院長の土屋明弘さん(62)は力を込める。

 「羽生選手も宮原選手もけがから復帰し、平昌五輪に臨む。本番では、いつも通りの力を出してほしい」

 膝の専門医として患者と向き合ってきたが、1990年代からスケート国体の千葉県チーム帯同ドクターを兼務。2008年に日本スケート連盟の医事委員に就き、フィギュアスケート日本代表のチームドクターを務める。

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 チームドクターは遠征に同行して代表選手のけがの診断、体調管理などを担う。チームスポーツとは異なり、フィギュアスケートは個人競技のため代わりはいない。「駄目な時は駄目と言うが、一番(の役割)は何とか試合に出すこと」と責任をかみしめる。

 最も心を配るのは「普段と同じように練習から試合に臨めるようにしてもらう」ことだ。同行している時だけ、特別なことをしない。例えば、痛み止めが必要な場合は「普段飲んでいるか」と必ず聞く。「繊細な選手が多いから気を付けている」と明かす。

 長野市出身で、実家は内科の開業医。千葉大医学部時代にラグビーに打ち込み「指も3本骨折した。整形外科にはお世話になった」と、この道に進んだ。

 重責を託され、はや10年。最初に帯同したのは、09年の世界ジュニア選手権(ブルガリア)。今回、男子66年ぶりの2連覇を目指す羽生選手が大会最年少で出場していた。いま誰もが知るスターも、中学生で14歳。初々しい様子が印象に残っている。

 前年の代表選手が振るわず、日本からの出場は羽生選手だけ。「『次の年の代表枠を取らないといけない』と言って、とにかくプレッシャーがかかっていた。すごく緊張していた」。それでも、羽生選手は12位と健闘。世界トップ選手への階段を上っていった。

 平昌五輪の日本代表は小さいころから知る選手ばかりだが、中でも印象深いのは宮原選手。昨年1月に左股関節の疲労骨折が発覚。コーチや両親、リハビリ先の医師と力を結集し、11月の実戦復帰にこぎ着けた。

 「口数はそんなに多くないが、コーチが『練習をやめなさいと言ってもやる』と話すほどの頑張り屋」という宮原選手。時にはコーチと相談して、練習をセーブしてもらったことも。「なかなか治りが悪かったので、五輪に間に合ってうれしい」と話す。

 現地には同行せず、国内での調整を見守り選手を4年に1度の祭典に送り出す。「選手にとってはすごく晴れがましい大会。全力で悔いなくやってほしい」