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五輪の魔力、出場逃した選手の「その後」 4姉妹で自分だけ…貯金崩して続けた競技「私は笑っていたい」

2/26(月) 7:00配信

withnews

 平昌冬季五輪では、連日、日本人選手の活躍が伝えられています。でも、その陰には、代表争いに敗れた選手たちがいます。姉妹4人での五輪出場をめざし、一人、出場権を逃した菊池萌水選手(25)=稲門スケートクラブ=は、引退も考えたと言います。五輪という重圧への本音、選手の「その後」を追いました。(朝日新聞スポーツ部記者・照屋健)

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代表選で負け泣き続けた

 「少しでも感覚つかみたいなって思って、滑っているんです。今、まったく滑れないから」。

 2月1日、甲府市であった冬季国体のショートトラック女子3千メートルリレーで長野県の優勝に貢献した菊池選手は笑顔でした。

 2ヶ月前、彼女は悔しさから競技場で泣き続けていました。平昌五輪代表の切符をかけた昨年12月の全日本選手権。妹4人での五輪出場がかかった舞台でした。

 三女の悠希さん(27)、五女の純礼さん(22)がショートトラックの代表に選ばれた一方で、7位に沈んだ四女の自分は落選。次女の彩花さん(30)は後日、スピードスケートの代表に選ばれました。

「あと4年も戦えるのかな」

 「4人で行けなかったのは私の責任。悠希、純礼の2人には五輪で頑張って欲しい」。レース後、あふれる涙をこらえきれず、菊池選手は悠希さんに肩を抱かれました。

 「全日本が終わった後は、正直つらかった。やっぱり『私が行けたら4人で行けた』っていう思いもあったので。あと4年も戦えるのかなって思うと、苦しかった」。

 落選直後の心境を、菊池選手はこう振り返ります。家族や周りの人と話していても、気まずさを感じたといいます。

頭をよぎった「引退」

 1カ月間はリンクにあがらず、休みをとりました。山梨県や地元・長野県南相木村の温泉につかり、1人でゆっくり考える時間もつくったといいます。

 「私の限界ってこんなものなのかな」。そう思い、家で再び泣いたこともありました。

 4年後は29歳。決して若くはなく、引退が頭をよぎったこともあります。ただ、「このまま負けっ放しじゃ嫌だ。負けて、もやもやしたまま終わるのは嫌だなって」

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最終更新:2/26(月) 8:48
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