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平昌五輪を逃した選手から教わったこと 何のため?「自分のため」 迷った末の引退 出られなくたって…

3/3(土) 7:00配信

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 平昌冬季五輪でスポットライトを浴びる日本代表の陰で、あと一歩のところで五輪出場の夢が絶たれた選手たちが大勢います。なんの「ために」スポーツをするのか? 「出られなくても人生で負けたわけではない」。喪失感を乗り越え、新たな一歩を踏み出そうとするアルペンスキー女子選手を追いました。(朝日新聞スポーツ部記者・平井隆介)

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「皆様には感謝しかありません」

 平昌五輪の期間中、テレビのコメンテーターとしてアルペンスキーの解説をした清沢恵美子さん(34)は、選手として臨んだ昨年12月末の全日本選手権にすべてをかけていました。優勝なら初の五輪代表の座を有力にできましたが、結果は3位。「自分の100%の力をぶつけた。すがすがしい気持ちだった」。

 年明けのワールドカップ(W杯)でも上位に入れず、平昌への道が途絶えた1月10日、ツイッターで引退を宣言しました。

 「本日を持ちましてアルペンスキー競技を引退します」「これまでの競技生活を振り返ると皆様には感謝しかありません」。

禁止薬物混入問題に「悲しい」

 清沢さんがW杯から帰国すると、日本は、カヌー界の禁止薬物混入問題で揺れていました。

 かねて「結果がすべて」という日本のスポーツ界の空気に危うさを感じていたといいます。スポーツは本来、人間教育の場であると清沢さんは思っています。

 「人として成長してほしいとか健康になってほしいとか思うから、親が子にやらせるのでは。勝つことが生きる目的になってしまうような風潮は悲しい」。

「別に人生で負けたわけじゃない」

 3歳でスキーを始め、2005年のユニバーシアードで銅、2007年アジア大会は金メダル。以来、ずっと日本の第一線で滑ってきましたが、五輪には結局、一度も出られませんでした。

 「でも別に人生で負けたわけじゃない」と清沢さんは思っています。

 そんな清沢選手は1月、フリースタイルスキー・モーグル女子の伊藤みき選手(30)と一緒に、長野・軽井沢へ滑りに出かけました。

 伊藤選手は高校生だった2006年のトリノ五輪に出場して20位。2010年バンクーバー五輪は12位。14年ソチ五輪は本番直前の公式練習で、痛めていた右ひざの状態を悪化させ、滑れませんでした。そして平昌五輪には届きませんでした。

 今後のことについて迷いも見えた伊藤選手に、清沢選手は「五輪のたびにいろんな味を味わっている。だから、人間としてすごく豊かになれるんじゃないか」と助言したそうです。

 計4度出演した平昌五輪のテレビ解説では「後輩の安藤麻、石川晴菜両選手の人間味を伝えたくて話をしました。アルペンスキーに詳しくない人にも彼女たちの魅力を伝えたくて。五輪本番のレースを見ても、私自身がすがすがしい気持ちでいられたことに、変わりはありません」。

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最終更新:3/3(土) 7:00
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