ここから本文です

「性か死か」勝てば種付け、負ければ食肉行き……過酷すぎる「種牡馬」の生涯(後編)

3/11(日) 12:05配信

ねとらぼ

 強い競走馬を作るため、優秀な血統同士を交配させて生み出されるサラブレッド。中でも父親となるオス馬は種牡馬(しゅぼば)と呼ばれ、トップクラスともなれば一度の種付け料は数千万円にも上ります。

【画像:種付け料1500万円が20万円になってしまったラムタラ】

 記事前編では、そんな種牡馬たちのすさまじくも華やかな世界について紹介してきましたが、光あるところにはまた影も落ちるもの。

(関連記事)【前編】一発2億4000万円! オトコのお仕事「種牡馬」とは?

 そもそもオス馬の99%は種牡馬になれず、たとえなれたとしても、屈辱の仕打ちを受けたり悲劇的な結末を迎えたりする馬も少なくありません。記事後編では、決してバラ色とは言えない種牡馬の生涯をのぞいてみましょう。

●散々オンナを興奮させても、抱けない……「当て馬」

 「当て馬」とは、メス馬を興奮させて、発情しているかチェックする役割の馬。人気のない種牡馬や廃業した種牡馬らが担う役割です。これを怠れば、発情していないメス馬に大事な種牡馬の身体が蹴られ、最悪の場合生殖機能を失ってしまうこともあるので、その存在は重要です。

 この当て馬、かわいそうなのは、メス馬を興奮させて本人もその気になっていても、決してそのメス馬とは種付けができないということ。メス馬が興奮したところで、当て馬はお役御免……という悲しさです。

 そんな当て馬を立派に務めているのが、1997年にダートG1のフェブラリーSを勝ったシンコウウインディ。現役時代はかみつきグセで知られていた馬でしたが、当て馬となってからは歳のせいか落ち着いており、優しく甘がみをするほど。興奮したメス馬に蹴られても、けなげにメス馬を興奮させるお仕事に徹しているとのこと。

 ちなみに当て馬もモチベーション維持のため、たまには種付けさせてあげることもあるのだとか。しかし、相手が妊娠されても困るので、妊娠の可能性が低い高齢馬があてがわれるそうです。

●股間を蹴られて生殖能力喪失……

 名門として知られる競走馬の生産牧場・社台ファームが悔やんだのが「ソルティンゴ事件」。ソルティンゴは初年度産駒からスズパレードらの活躍馬を送り出し、ダービーに3頭を出走させるほど優秀でした。

 しかし担当厩務員さんが放牧地を間違って、1つのパドックに2頭の種牡馬を放してしまい、馬同士がケンカに。結果、ソルティンゴは相手に大切な商売道具である部分を蹴られ、受精能力を失ってしまいました。ミスを犯した厩務員さんは、数日後に割腹自殺した姿を発見されるという、非常に痛ましい結末となってしまいました。

●小柄すぎて、メス馬に乗れないオトコの屈辱……

 オルフェーヴルの兄であり、現役時代から420キロと小柄だったドリームジャーニー。12年から種牡馬入りしましたが、男としては屈辱な「大型メス馬に乗れない」というアクシデントが起き、種付けに90分以上もかかるケースまで生まれ、満足に種付けができませんでした。

 課題を突きつけられたジャーニーはその翌年の種付けシーズンまでに、小柄なメス馬たちと交配の特訓を続け猛特訓するも、その後も種付けに苦労しているようで、骨折して交配できなくなったシーズンも。

 そんなすったもんだのせいか、種付け数は伸びていません。子どもは日経賞2着馬のミライヘノツバサなど、それなりに活躍を見せているのですが。

●オンナの尻の高さにアレが届かない……屈辱の“シークレットスロープ”

 大柄な繁殖牝馬の相手に、もっぱら生産者は小柄な種牡馬を選びます。そうして種馬とメス馬の身長差が大きくなった場合、種馬場では“逆オカ”と呼ばれる手段を講じます。スロープの下部にメス馬を置いて種馬がその上から乗るのです。これもまぁ、男としては屈辱です……。

 大きなメス馬を相手にするのが苦しくなった大種牡馬ノーザンテーストの晩年も、スロープをよく利用していたそうです。

●モテない馬は、アレを壁に打ち付けて自己処理……

 ところで、種牡馬になれない馬はどうしたら良いのでしょう。そう、自己処理です。競馬評論家の阿部幸太郎氏が以前雑誌で語ったことによると「馬は生まれて半年くらいで(種付けが)できると思います。1年ぐらいでオナニーしますし」とのこと。その様子は壮絶で、ペニスを壁にバシンバシンとぶつけてするのだとか。そのため、壁に白いものがいっぱいついているのだそうです。

 種牡馬になって、メス馬と種付けできる馬は限られています。それがかなわないものが自分で性欲を処理する……ある種悲しい行為ですが、これが現実なのです。

●好きなコとしかしたくない! 幻の純情スーパーサイアー

 ケンタッキーダービー、プリークネスSというアメリカのクラシックレースの2冠を獲得した名馬ウォーエンブレムは、1700万ドル(当時のレートで21億円)と鳴り物入りで種牡馬として日本にやってきました。

 しかし、彼は基本的に種付けに淡泊で、なかなかメス馬に興味を示しません。いろいろなメスをあてがうも、好みのタイプにしか興味を抱かないのです。ちなみにそのタイプとは「大きな流星(顔が突然白くなっている部分)などがない、無地の、小顔できゃしゃな馬」だったとか。

 このウォーエンブレム、どうにか種牡馬として活動できるようにスタッフもいろいろと手を尽くし、少々の子どもを残すことができましたが、大きな効果を上げられないまま2015年にアメリカに帰国。

 帰国時には伝染病にかかっていないかの確認の「試験種付け」を受ける必要がありましたが、あろうことか試験場のメス馬にも興味を示さなかったため、とうとう去勢されてしまいました。

 結局ウォーエンブレムが残した子どもたちは119頭のみ。その中で出走までこぎつけたのは111頭だけでしたが、子どもの少なさとは裏腹に、彼らは大活躍しました。

 G1秋華賞を勝ったブラックエンブレム、同じくG1の阪神JFを勝ち、最優秀2歳牝馬に輝いたローブティサージュ。そしてダート重賞を5勝し、4億近い賞金を稼ぎ出したシビルウォーなど、多くの駿馬を輩出。

 現在シビルウォーが貴重なウォーエンブレムの血をつなぐ種牡馬となり、毎年60頭程度に種付けをするほどの人気を集めています。愛するオンナを選びに選んだ、ある意味純情だったオヤジの血をつなぐことはできるのでしょうか。

●ラムタラ、世紀の大失敗! 種牡馬価値は120分の1に……

 当時馬産地として斜陽を迎えていた日高が種牡馬に迎え入れたのが、ヨーロッパから33億円で購入したラムタラ。4戦4勝で英ダービー・キングジョージ・凱旋門賞を連破したスーパーホースでした。

 初年度の種付け料は1500万円、112頭の繁殖牝馬を迎えての華々しいスタート。しかし大きな期待とは裏腹に、ラムタラの仔はまるで走りませんでした。きら星のごとき名牝たちを交配相手に迎え入れたのにもかかわらず、中央の重賞レースを制したのはわずか2頭。これはもう……とんでもないレベルの大失敗です。

 日本での最終年に迎えたメス馬はわずか31頭、種付け料20万と、完全に失敗と見られてしまいました。結果、2750万円と購入時の120分の1ほどの価値に下がり、イギリスへ売却されていきました。

●突然のインポで廃用の危機……セントクレスピンを救った整体術

 天皇賞馬2頭や英オークス馬を輩出した名種牡馬、セントクレスピン。実は彼、来日した際に「インポテンス」という、種牡馬としては致命的な症状に冒されていました。

 原因も分からず手の施しようもなく、関係者が頭を抱える中、彼を救ったのが馬の整体術の権威であった矢野幸夫調教師。

 患部への触診と矯正を要する椎骨への打槌や、獣医師の立ち会いのもとに細胞活性剤の注入を行い、針を数本打つと、セントクレスピンの性能力はなんと復活。数日後、種牡馬としてのおつとめを無事果たしました。しかも一連の治療行為をボランティアで行ったといいます。

 矢野氏はこの他にも、ダービー馬バンブーアトラスを輩出したジムフレンチも、同様に復活させました。男の気持ちが分かる男性に救われた彼ら。そんなあかひげ先生の名前は競馬史に残り続けます。

●種なしウマの「悲劇」と「喜劇」

 1946年のアメリカ三冠馬アソールトは生きた精子が1%にも満たず、サラブレッドの産駒を残せませんでした。なお1985年のアメリカベスト・スプリンター、プレシジョニストも低受精率に苦しめられ、8歳になって競走馬に復帰させられました。

 しかし同じく精子の少なかったメジロアサマが、元のオーナーに引き取られて懸命に種付けが続けられ、非常に少ない仔の中から名馬を出し、実はその血統が現代のスーパーホース、オルフェーヴルやゴールドシップにまでつながっているのです。

 そんな成功例もあり、精子が少なくとも完全にノーチャンスではないのです。その逆転が起こるかどうかは、精子の少なさの程度や、生産者の努力と、運にかかっているようです。

●名馬ですら、種牡馬で成功できねば「肉」になる

 悲しいことですが、サラブレッドの中では圧倒的な勝ち組といわれる種牡馬ですら、ときに「食肉」になることは避けられません。

 例えばファーディナンド。ケンタッキーダービーとブリーダーズカップ・クラシックというアメリカの2大ビッグレースを制覇した馬でしたが、彼は食肉になってしまったとされています。

 さらに先ほど紹介したセントクレスピン。彼はエリモジョージ・タイテエムの天皇賞馬2頭を輩出し、自らも世界一のレースといわれる凱旋門賞を勝ったほどの名馬でしたが、やはり食肉となってしまいました。

●お払い箱でも、善意によって生かされた

 そんな中にあって、ちょっと変わったパターンが、セイウンスカイの父、シェリフズスターの例です。彼は皐月賞と菊花賞の二冠を制したセイウンスカイを輩出するも、そのときには既に種牡馬として失格の烙印を押され廃用に。そのまま食肉として処分されたと見られていました。

 しかし、当時のサラブレ2005年9月号のスクープで、ある育成牧場にてひっそりと生きていたことが判明しました。「サンクルー大賞を勝ったほどの名馬を殺すにはしのびない」と無償で世話をし、かわいがられていたのです。しかし、草競馬に出すための調教中に倒れ、死んでしまったとか。

 ですが、彼のように世話をしてもらえる馬ばかりとは限りません。今でこそ種牡馬として成功できなかった馬を預かる組織は増えてきましたが、それでカバーできなければ、当然のごとく食肉として処分される末路が待っているのです。

●たくさんの苦悩の先にある、一瞬の快楽

 お手持ちの時計を見ながら、1秒に3回リズムを取ってみましょう。それが種牡馬が交配時に感じている胸の高まりです(最大心拍数170beat/min)。

 それほど胸を高鳴らせて臨む馬の種付けは、本当に本当にあっけないもの。ほんの「一瞬」の快楽が、時に苦痛に満ちた「一生」をその子どもに授けます。

 壮絶なほど激しい競争を勝ち抜き、種付けを勝ち取る種牡馬たち。そんな馬たちですら、ときに苦悩を味わい、処分される運命にあるのです。

 人生も馬生も、苦痛で満ちています。ちょっと滑稽に見える馬たちの交配シーンですが、そんないろいろを乗り越えて、彼らは種付けを行っています。

 楽しい競馬を提供してくれている彼らに、せめて種付けしている一瞬くらいは、そんな苦しみを忘れて欲しい。同じオトコとして、そう思いました。

最終更新:3/11(日) 12:05
ねとらぼ