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「木更津県」存在知って 権令、柴原和の詩碑建立 後の初代県知事しのぶ 選擇寺

3/12(月) 10:35配信

千葉日報オンライン

 千葉県木更津市中央の選擇寺(せんちゃくじ)に、明治時代の初代千葉県令(県知事)、柴原和(やわら)の詩碑が完成し、11日に除幕式が開かれた。柴原は県令になる前、約2年間だけ存在した木更津県の権令を務めた人物で、当時は同寺を宿舎として同市貝渕にあった県庁に通っていた。柴原にゆかりある同寺の役員らが、県南の政治の拠点だった木更津の歴史を知ってもらおうと建立した。

 木更津県は、1871(明治4)年に設置され、上総、安房地域を管轄。73(明治6)年に印旛県と統合し千葉県が誕生した。柴原は、木更津県の権令を務めた際に同寺を宿舎とし、後に初代千葉県令に就任した。

 同寺によると、建立した碑(縦約2メートル10センチ、横約60センチ)には、寺所蔵の柴原の詩書を複写し刻んだ。

 詩書は、県令を退いた柴原が86(明治19)年に同寺を再訪した際、かつて詠んだ詩をしたためた作品とみられ、訳すと「あたりを見回すと不吉な気が山河に満ちあふれている」という言葉から始まる。

 同寺の山本恵司住職(61)は、柴原が県を治めることに苦慮した当時を思い出して記した書で、江戸時代から明治時代になったばかりの“不穏”な情勢を反映したものだとみる。

 詩碑の隣には案内板も設置した。同寺は、木更津の町並みや歴史を紹介するボランティアガイドが立ち寄る場所でもあるといい、山本住職は「碑があれば説明もしやすい。観光振興の一助になれば」と展望。今年は明治改元から150年の節目でもあり、「明治時代に木更津県があったことを知らない人も多い。明治政府が木更津を重要拠点としていたことを知ってほしい」と話していた。