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「551蓬莱の豚まん」が新幹線で食べられなくなる日

3/13(火) 8:12配信

ITmedia ビジネスオンライン

 先日、日帰り出張で大阪へ行った帰りに、新幹線の乗車時間まで少しあったので、改札前にあるアレを買いに行ったところ、長蛇の列ができていたので泣く泣く断念した。

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 そう聞くと、出張族の方ならばピンとくるのではないか。そう、「アレ」とはほかでもない「551蓬莱」の豚まんのことだ。

 関西圏の方ならば子どものころからテレビCMなどでおなじみのこの豚まんは、東京から訪れる観光客やビジネスパーソンにとって「定番」といってもさしつかえない土産物になっている。

 平日の夕方から夜にかけて新大阪駅を利用した方ならよく分かると思うが、駅構内にある「551蓬莱」を扱う売り場には、「チルド豚まん」を友人や家族への土産に買い求める方や、できたてのホヤホヤの豚まんを、座席で一杯やる際の「おつまみ」としたい出張族のおじさんたちが列をなしているのだ。

 という話をすると、必ずといっていいほど「そういう無神経なバカがいるからこっちは迷惑するんだ!」とかみついてくる人がいる。ご存じの方も多いかもしれないが、実はいまこの「豚まん」を新幹線の車内で食うべきか、食わざるべきかという大論争が起きているのだ。

●「反豚まん派」の主張が実現する日

 食うべからず派の主張としては、豚まんのように強烈な臭いのするモノを車内で広げられたら、気分が悪くなる人もいるし、目的地まで眠りたい人の邪魔になる、というのだ。逆に食欲がそそられるので、「豚まんテロ」などと呼ぶ人もいる。いずれにしても一定数の方たちが、車内で「551蓬莱」を食すのは重大なマナー違反で禁止すべきだと声を上げているのだ。

 「はあ? そんなことでいちいち目くじらをたててたら駅弁はどうすんだよ」という反応の方も多いことだろう。新幹線車内でハイボールを飲みながら、豚まんをほうばることを出張の楽しみにしている筆者もまったく同感だが、個人的な思い入れを差っ引いてみると、おそらくいずれはこのような「反豚まん派」の主張が現実のものになってしまうのではないかと考えている。

 根拠は、「551蓬莱」が新幹線利用者にここまで人気となったプロセスのなかにある。

 関西ではもともと人気だったこの豚まんが出張族からいまのような支持を集め始めたのはいまから20年ほど前のことだ。『大阪学』なんて本がスマッシュヒットとなり、「大阪ブーム」が起きた1994年の『日経流通新聞』(1994年5月3日)には以下のような記述がある。

 「JR新大阪駅や、大阪駅の店舗は週末になると、出張帰りのサラリーマンや、旅行者の行列ができるほど。それぞれ93年度(93年4月ー94年3月)は前年度比9.4%増、13.2%増の高い伸びを示した。夕方、上りの新幹線の車内は、「ぷーんと豚まんのにおいが漂っている」といううさわが広がっている」

 この時点で既に車内の「豚まんをつまみに一杯」は定番化しており、出張族の間に確固たる地位を築いていたことがうかがえる。

 蓬莱のWebサイトにある歴史をみると、大阪駅に出店したのは1981年、新大阪駅に出店したのは85年なので、このあたりから東京からの観光客や出張族の間でじわじわと浸透していった。人気の理由はよく言われる「ひとつひとつ手作り」「安いのにボリュームもあってジューシー」「直営店展開のみで関西圏でしか購入できない」などがあるが、「旅のお供」としてここまでの大ブレイクを果たしたのは、実は「ライバル」の栄枯盛衰が大きく関わっている。

 それは「たこ焼きの車内販売」だ。

●車内で「たこ焼き」を食べることが禁止に

 「豚まん」の臭いを不快に感じている方たちからすれば卒倒しそうなほど気色の悪い話かもしれないが、実は1987年から東海道新幹線(東京ー大阪間)で「たこ焼き」が車内販売されていたことがある。

 『東海道新幹線の約半数の列車で車内販売を担当しているジェイ・ダイナー東海の大阪営業所だけで、1ヶ月間に計3万-4万個、ゴールデンウィークなどの混雑期には1ヶ月で8万ー10万個は売れるという。(中略)子供や女性客に人気のたこ焼きだが、「酒のつまみに最適」と男性客もファンが増えている』(日本経済新聞 名古屋版 1989年5月4日)

 バブル華やかなりし80年代後半、新幹線のなかで「たこ焼き」をほうばるのは、多くの日本人にとって当たり前の行為だったのだ。車内のレンジでチンをするモノだったが、温めてソースをかければ当然、たこ焼きの臭いがむわっとたちこめる。これを車内販売で扱っていたわけだから、東海道新幹線車内がどんな状況だったのか、というのは容易に想像できよう。

 言うまでもなく、現在の東海道新幹線の車内販売で「たこ焼き」は扱っていない。それどころではなく、そもそも「たこ焼き」は車内で食べることすら禁止となっている。

 昨年夏、駅構内で販売されている「たこ焼き」のパッケージに、JR東海からの要請で、「新幹線車内および駅構内でのお召し上がりはご遠慮願います。空き容器は店内のくずもの入れにお捨て願います」という注意書きシールが貼られることになったのだ。

 これは、2011年に新大阪駅の新幹線改札内にオープンした人気店「たこ家道頓堀くくる」の影響が大きい。こちらで、たこ焼きをテイクアウトして新幹線に乗り込む客が増えたことで、その臭いに対して一部の乗客から苦情が寄せられたのだ。

●「551蓬莱」が出張族に支持されている背景

 さて、ここで要点を整理しよう。

 かつて新幹線で車内販売され人気を誇っていた「冷凍たこ焼き」も消え、改札内で販売が始まった「たこ焼き」も6年ほどで車内から締め出された。

 一方、平成不況のなかで出張族もかつてのように、「新幹線の最終まで一杯」「北新地で楽しんで翌朝帰る」なんてぜいたくは許されなくなった。仕事を終えたらさっさと新大阪へ、というスタイルが常識となるにつれ、「車内飲み」のニーズが増えるのは当然だ。では、大阪のおいしい店は行けなかったけれど、せめて大阪らしいモノをつまみに一杯やりたいな、という出張族は新幹線「たこ焼き」が消えた今、どこを目指すのかといえば、あそこしかあるまい。

 つまり、「551蓬莱」がここまで出張族に支持されているのは、ひとつひとつ手作りで安くておいしい製品自体の魅力もさることながら、かつてのライバルである「たこ焼き」の勢いが衰えたことで、「ある程度ボリュームのある新幹線車内つまみ」というポジションを独占できたことも大きいのである。

 それは裏を返せば、「たこ焼き」と同じ運命をたどりかねないことでもある。事実、ニュースサイト『しらべぇ』がJR東海に問い合わせたところ、「駅弁や豚まんなど『シールがないもの』については一概にはお答えできませんが、周囲からご意見があった際は、ご協力いただくこともあるかもしれません」とその可能性を否定しなかった。

 「それが当然だ、さっさとあんなモノは禁止しろ」と「豚まん」禁止派の方たちは思うかもしれないが、実は新幹線にとどまらず、日本の鉄道は移動しながら「食事」をするのが伝統だった。明治時代に上野ー宇都宮間が開通したのと同時に、駅弁(当時は汽車弁当)は誕生している。

 そう言うと、「昔の鉄道は長距離運行で、故障も多くて乗っている時間が長かったから駅弁くらいしか楽しみがなかったんだよ」と補足したがる人がいるが、長距離鉄道に限らず普通の電車であっても、腹が減れば普通に食事をしていた。

 電車のなかでパンやおにぎりを食べるの若者はけしからん、とおじさんやおばさんは顔をしかめるが、実は彼らが子どものときはそういう大人ばかりだったのである。

●「豚まん」がバッシングを受ける背景

 新幹線が開通する2年前の1962年、読売新聞に「乗りもののエチケット」という記事が出た。そこには電車内で守るべきものとして、以下のようなマナーが紹介されている。

 「駅弁のうわ紙やヒモはとっておいて、すんだらもとのようにつつんでゆわえてからイスの下にいれる(中略)ご飯粒のついた折り箱や、食べ散らかしたおかずをいつまでも見せられているのは周囲のお客にとってはやりきれないものです」(読売新聞 1962年8月9日)

 食べるのけしからんとか臭いが不快だというのではなく、食べた後にちゃんと片付けなさいよ、と苦言を呈しているのだ。鉄道と食事は切っても切れない関係だった。

 それは日本が遅れているというわけでもない。フランスのTGVなど海外の高速鉄道でも当たり前のようにみな座席で、持ち込んだ食事をしている。

 過去も当たり前のように食事をしている。海外でも特に問題なく食べている。にもかかわらず、なぜ現代日本でここまで「新幹線の豚まん」がバッシングを受けるのか。

 これまでの約25年間に、特に大きなトラブルもなかったし、喫煙のようにWHOが健康被害の危険性を唱えているわけでもない。それがなぜこのタイミングで「非常識な行為」とされてしまったのか。

 個人的には、近年の日本社会の「空気」と無関係ではないと考えている。

 日本労働組合総連合会が昨年12月に公表した「消費者行動に関する実態調査」によると、一般消費者1000人のうち約4割が商品やサービスに対してクレーム経験があり、50代になるとさらに増えて半数以上になっている。

 また、いわゆる「悪質クレーム」に関しても、この近年ひどくなった、と一般消費者の49.8%、接客業務従事者の56.4%が感じている。

 つまり、正論にしろ言いがかりにしろ、「クレーマー大国」となっている現状が浮かび上がっているのだ。こういう社会は一言で言うと、「キレたもん勝ち社会」である。

 例えば、歴史的経緯からみても常識の範囲内のことであっても、「オレが非常識だと言ってんだから非常識なんだよ!」と怒鳴る方があらわれれば、声が大きいほうの主張が通ってしまう。それが「お客様」という立場ならば、なおさらだ。

●「551蓬莱」が消えるのも時間の問題

 少し前、バラエティ番組『人志松本のすべらない話』(フジテレビ)を見ていたら、オードリーの春日俊彰さんが、新幹線の車内で「豚まん」を食べていたら、隣の席にいた女性から「あんた、いい加減にしなさいよ!」と罵声を浴びせられたというエピソードを話していた。

 お笑い芸人さんなので多少の脚色はあるかもしれないが、新幹線の車内で「豚まん」を食べることは、赤の他人からののしられるほどの「罪」となっているのだ。このような「お客様の声」は当然、JR東海の方にもわんさかと押し寄せられているに違いない。

 「たこ焼き」が消えた今、「551蓬莱」が消えるのも時間の問題だ。最近では、隣で酒を飲まれると、臭いが漂ってきて不愉快だという人が出てきたそうだ。

 出張族のおじさんたちは、新大阪駅からの帰りにFRISK(フリスク)とミネラルウオーターでやりすごせるように、徐々に体を慣らしていったほうがいいかもしれない。

(窪田順生)