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”駅遠・築古・旧設備”の物件に入居待ちができる理由 「コミュニティー」が住まい選びの指標になる日

3/13(火) 11:10配信

qBiz 西日本新聞経済電子版

 転勤、引っ越しのシーズンだ。家を決める際に重視するのは、まずは駅からの近さ。そしてやっぱり築年数の浅い建物の方がいい。さらに浴室乾燥機やホームセキュリティ、システムキッチンといった新型の設備があれば、言うことなしだろう。

 そんな「住まい選びの常識」を破る物件が、福岡市城南区にある。

 「第一吉浦ビル」は最寄り駅(と言っていいのか)の西鉄高宮駅から徒歩約40分。バス停は近いが、天神や博多に出るには40―50分程度はかかる。そして建てられたのは45年前の1973年。さらに居室は昔ながらの畳敷き、浴室はバランス型風呂釜という旧設備だった。

 オーナーは吉浦隆紀さん(41)。祖父から物件を引き継いだ6年前は、30戸のうち空き室が2割あった。「壊すか、建て替えるか」を迫られていた。

 吉浦さんが選択したのは「残して、生かす」だった。

 空き室4部屋を、アジア風にしたり「庭」のような雰囲気に変えたりと、それぞれ個性的な内装にリノベーション。しかし「ネタが尽き」(吉浦さん)、残り1部屋は、配管など住居の最低限の設備だけを残した「無」の部屋にした。ところが、内覧会を開き最初に入居が決まったのは、その「無」の部屋だった。

 吉浦さんは入居者と一緒に、「スケルトン状態」から部屋を手作りした。その後も部屋は原状回復が不要で、造作は自由にした。そしてその後、空き部屋の入居募集はすべて、間取りから自由に作る「DIYリノベーション」のスタイルに変更した。今は20戸目がリノベーション中。そして数件の入居待ちが出ている状態だ。

 生まれ変わった”駅遠・築古・旧設備”のビル。吉浦さんはそのヒントを、不動産業を引き継ぐ前に1年間住んだニューヨーク・ブルックリンで得ていた。そこでは築100年にもなるような古いアパートなのに、家賃はとても高い。しかし、それでも入居希望が絶えない。

 そうした建物は、老朽化に伴い必要な工事がかさみ、原状回復の余裕がなかった。オーナーたちは内装を入居者に任せ、そうすることで創作意欲の高い人びとが集まり、建物の価値と同時に「おしゃれな街」としてエリア全体の魅力が高まった。

 「住んでいる人たちが、物件の魅力になる。家選びに『コミュニティー』という指標はこれまで、ありませんでした」と吉浦さん。確かに、賃貸住宅を紹介している不動産のサイトでは、間取りや駅からの距離では物件を絞り込めるが、そこに「コミュニティー」という選び方はない。

 吉浦さんはこう続けた。「『衣食住』のうち、服と食べ物にはものすごく多様性があるのに、住まいだけは違う」。近い、新しい、便利――。それは高度成長期に形作られた価値観が、今も連綿と生きているからなのかもしれない。

西日本新聞社