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【尊厳ある介護(33)】 重度の認知症の方にも「コーヒーですか、紅茶ですか」と聞き続ける

3/14(水) 17:31配信

ニュースソクラ

答えられなくても、感情には伝わる

 訪問から帰ったケアマネジャーが暗い顔をして言いました。

 「担当していた川本安美さん(仮名 83歳)が、入所した施設を訪ねてみました。驚いたことに、施設で借りた服を着て髪を短く刈り上げ、別人のようになっていたのです。川本さんはそんなことを気にかけている風もなく、車いすで動き回りいろんな人に話しかけていましたが」

 川本さんは、認知症が進んで一人暮らしが難しくなりました。子供がいないので、担当のケアマネジャーは親戚の人と一緒に嫌がる本人を説得して、施設を探しました。経済的に困窮しているので、施設選びは困難でしたがやっと入所できたのです。

 金銭的に余裕のない認知症の人にとって、施設選びはもとより服や髪形などの趣味嗜好まで選択肢が少なくなるのは、やむを得ないことかもしれません。しかし、選択肢が減るのは経済的なことのみが理由なのでしょうか。

 私の施設の話ですが、3時のおやつの時間に居合わせた時、利用者がみんなそろって砂糖とミルクを入れたコーヒーを飲まれているのを見ました。コーヒーのほか、紅茶、ココア、緑茶などを選べるのに、同じ物なのです。

 不思議に思ったので「皆さん一緒の飲み物を頼むのですか」と、介護スタッフに聞いてみました。

 介護スタッフから「何を飲みたいか皆さんに聞いてもはっきりと言われないので、コーヒーをお出ししています。いつも皆さん残さず飲まれますし」と、返答がありました。

 私は毎朝、紅茶を飲みますが、年に数回コーヒーを飲みたくなることがあります。なので「利用者の皆さんも、時にはココアや紅茶が飲みたくなることがあるのではないでしょうか」と、介護スタッフに問いかけました。

 「いつもコーヒーでは飽きてしまうので、時にはこちらの判断でココアに変えたりしています。そういえば、近頃飲み物は何がいいですかと尋ねていなかったので聞いてみます」と、介護スタッフは答えました。

 側で聞いていた別の介護スタッフは「コーヒーがいいですか、それともココアにしますか、と二者択一で聞くと、答えられる人もいるかもしれません」と付け加えました。

 実際にそのように飲み物の希望を聞いていくうちに、ココアが飲みたいと言われる利用者が出ました。

 さらに、介護スタッフたちは工夫を凝らし、飲み物を絵と文字で表したメニュー表を作成しました。言葉でのコミュニケーションが難しい利用者でも視覚に訴えることで、希望を引き出せると考えたからです。

 私たちは「今日はブラックコーヒーで、とか、緑茶をお願い」と、言える利用者には当然のように飲み物の希望を聞きます。

 けれども、自分の思いや考えを表現しにくくなった認知症の利用者には、ついついこちらの考えで飲み物を出し、希望を聞かなくなります。そして、飲み物の希望を聞かれなくなった利用者は、それが続くと、飲みたい物がなくなります。

 それでは、飲みたい物がなくなった認知症利用者には、何も聞かなくてもいいのでしょうか。

 いいえ、たとえ答えることができなくても「コーヒーを淹れましたが、良かったでしょうか」と、聞いてほしいのです。

 なぜなら、そのくらい意識をしないと記憶力や理解力に障害がある利用者と接するうちに「すぐに忘れてしまう」とか「どうせ分からないだろう」という思いが、知らぬ間に忍び込む恐ろしさを実感するからです。

 そうなると、介護者主体のケアとなって、認知症利用者のアイデンティティは失われていきます。

 認知症が重度になって言葉が発せられなくなっても感情はあります。その感情に働きかけるよう、聞いてほしいのです。

 「お飲物は、コービーがいいですか。それとも」と言って。

(注)事例は個人が特定されないよう倫理的配慮をしています。

■里村 佳子( 社会福祉法人呉ハレルヤ会呉ベタニアホーム統括施設長 )
法政大学大学院イノベーションマネジメント(MBA)卒業、広島国際大学臨床教授、前法政大学大学院客員教授、広島県認知症介護指導者、広島県精神医療審査会委員、呉市介護認定審査会委員。ケアハウス、デイサービス、サービス付高齢者住宅、小規模多機能ホーム、グループホーム、居宅介護事業所などの複数施設の担当理事。2017年10月に東京都杉並区の荻窪で訪問看護ステーション「ユアネーム」を開設。

最終更新:3/14(水) 17:31
ニュースソクラ