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メルカリ ビジネスディベロップメントに聞く、体験価値をスピーディーに生み出せる本当の理由

3/30(金) 8:00配信

@IT

 業種・業態、B2C・B2Bを問わず、ITがビジネスに深く溶け込んだ近年、ビジネスはソフトウェアの戦いに変容しつつある。ニーズに応じて新たな価値を創造する「企画力」と「スピード」が差別化の一大ポイントとなり、内製化やアジャイル開発に取り組む企業も増えてきた。ITはコストでありノンコア業務であるという考え方や、開発・運用業務を外部に丸投げするといった慣習も着実に見直されつつあるようだ。

 ただ、「新たな価値」を作るためには、言うまでもなく多様な要素が必要となる。ニーズの変化に応え、これまでになかった利便性を生み出すためには、むしろ自社内の既存ビジネスを改善・アレンジしたり、組み合わせたりするだけで事足りることの方がまれだろう。例えばECに組み合わされた決済/配送サービスのように、社外の利便性を巻き込むことで自社サービスの利便性を際立たせるアプローチが不可欠なことは、金融、流通、小売りをはじめ、各業種のX-Tech事例を見ても明らかだ。

 一般に、「ソフトウェアの戦い」「ITサービス開発競争」というと、どうしてもITの世界に閉じた視点になりがちなものだ。しかし今求められているのは、「決められたものをいかに早く作るか」ではなく、「ビジネスモデルも含めたサービス全体を、いかに早く設計・実現するか」だ。そのためには、一体どのような組織、役割、スキルセットが必要なのだろうか?――グローバルで顧客を開拓し続けているメルカリ 事業開発部 部長 小野直人氏に、同氏が務める「ビジネスディベロップメント」という役割について話を聞いた。

●「お客さま体験」に特化する形で会社が成り立っている

編集部 昨今、AIやVR/ARなど、テクノロジーを使った自社ビジネス/サービスの差別化に多くの企業が関心を寄せています。一方で、新しい技術をどう使っていいか分からないという企業も多いようです。ITを使ってより良い体験価値を実現する、昨今のデジタルトランスフォーメーション(DX)と呼ばれるトレンドを小野さんはどうご覧になっていますか。

小野氏 DXという言葉を「ITでより良いお客さまの体験価値を生み出すこと」と解釈するなら、個人的には、少なくともインターネットが一般化し始めた20年前からその波は来ていたと思います。特に弊社の場合、ベースの事業がC2Cのコマースですから、いわばDXありきのサービスです。私がNTTドコモ、アマゾン ジャパン、メルカリというキャリアを経ていることもあると思いますが、DXの実現を考えない状況というものがそもそも想像できません。

 ただAIなど、新技術の活用法が最初から分かっているわけではないのは弊社も同じです。しかしテックカンパニーとして先陣を切って新しい要素技術に光を当て、どんどん世に出していかなければならないという強い使命感があります。そこで研究開発組織「R4D」で、より良いお客さま対応の実現や、不適切な出品物の検知など、サービスへの適用法を検討しているのです。

編集部 メルカリでは「ソフトウェアエンジニア、企画者、経営が同じテーブルに着く」といった創業時からの文化があります。このように技術とビジネスが密接に結び付いていることを「Web系だから、ITとビジネスが直結しているのは当たり前」と見る向きもありますが、テックカンパニーである以前に、「ユーザー体験を最重視しているため」ということが大きいのでしょうか。

小野氏 そうですね。研究開発部門を持ち、要素技術に早めに投資をするのも、「お客さまの体験をより良くすることに敏感であるため」といえると思います。もちろん“敏感”であるのは研究開発部門だけではなく、全社員も同じです。技術とビジネスの関係でよく説明されるのは「マーケットイン/プロダクトアウト」の話だと思います。しかし現在は、“顧客自身も求めているものが明確には分からない”中で、価値を創造しなければならない時代です。そのような旧態依然とした対立構図がもはや成立しない以上、各部門の人間がそれぞれの視点で「より良いお客さまの体験」を考える必要があります。

 そうした文化について、社内では「プロダクトドリブンな会社」という言い方をしています。全ての組織はプロダクトのため――すなわち「お客さまの体験」のためにあり、会社自体が「お客さまの体験」という目的に特化した形で成り立っているという考え方をとっているのです。

●開発でも新規事業開発でもない「ビジネスディベロップメント」とは何か

編集部 そうした中、小野さんのビジネスディベロップメント(以下、BizDev)の部署ではどのようなことを行っているのでしょうか。

小野氏 ブロダクトをバリューアップするためには、内部のアセットだけではなく、外部パートナーとのアセットを使うことも必要です。代表的なものは決済や配送ですね。そのために外部パートナーとアライアンスやパートナーシップを締結して、ビジネス部門としてプロジェクトを統括するのがわれわれBizDevの主な仕事です。具体的には、案件開拓から、スキーム設計、Financial Impact分析、プロセス設計、経済条件の交渉、契約の締結、開発、プレス対応、CS(カスタマーサポート)といったプロジェクトの一連のパイプラインに一貫して携わります。

 案件開拓によって"弾込め"をし、全体のスキーム設計をした後は、Financial Impact分析なら経理や財務部門と一緒に、ビジネスプロセス設計ならCSや経理部門と一緒に、といった具合に、各分野の専門部署と共にプロジェクトを動かしていきます。われわれBizDevとしては、その過程で外部パートナーとの価格交渉が必要になれば、営業交渉的な業務も担いますし、契約に落としてからの開発フェーズでは、プロデューサー、エンジニアと共に開発に取り組みます。われわれがコードを書くわけではありませんが、プロダクトを企画した立場として、「何を実現するか」といった設計の観点から開発の支援やバックアップを行うのです。サービスをデプロイした後はPR部門と共に広報に取り組みます。

 とはいえ、“弾込め"以前の段階では、経営、企画、開発者などが一緒になってアイデアを出し合うのが通例になっています。物理的にテーブルを囲むこともあれば、Slack上でネタが飛び交う場合もある。最初に設計するスキームと比べるとふわふわとした話ですが、一個人、一部門だけが考えるのではなく、みんなで考える。これがメルカリの文化なのです。

編集部 サービス提供までのパイプライン自体は、一般的な企業の場合とさほど変わらないと思うのですが、リリースまでの期間はどのくらいなのでしょうか。

小野氏 リードタイムはケースバイケースですが、"弾込め"に時間のかかるものは最長で2年ほど、短ければ3カ月が平均です。ただ、リリースして終わりではなく、その後が重要ですから、段階的にブラッシュアップを加えていきます。

 1つの特長はCSを内製化していることです。お客さまの声が本社にリアルタイムに入ってくる。それを開発部門に引き渡すためのCSX(カスタマーサービスエクスペリエンス)という専門部署があり、お客さまの声を高速にプロダクトに反映できる体制としています。お客さまの声が開発者に通じるよう、CSXのメンバーがトランスレートして伝えるのではなく、開発者自身がCSXにいる。つまりエンジニアが直接、顧客の声を聞いて必要な機能を作っているのです。改善すべき機能の優先順位付けなども、社内で情報共有しながらCSX主導で決めています。

 2018年2月27日に発表したばかりの共同運用型シェアサイクルサービス 「メルチャリ」もそうして世に出したものです。ヤマト運輸さまとの「らくらくメルカリ便」、日本郵便さまとの「ゆうゆうメルカリ便」、本・CD・DVD、ゲーム専用フリマアプリ「メルカリ カウル」、ブランド品専用フリマアプリ「メルカリ メゾンズ」も同様です。

参考リンク:共同運用型シェアサイクルサービス 「メルチャリ」

編集部 業務内容は非常に多岐にわたるのですね。

小野氏 私はよく「総合格闘技」と言っています。基本的に全ての部門と関わるので、経理や財務を分かっている必要がありますし、セールスコミュニケーションの素質も必要です。コードを書くスキルはなくても、エンジニアとコミュニケーションを取る知見も不可欠です。何より重要なのが、「お客さまがサービスをどう使うのか」というお客さま目線を常に持つこと。メルカリでは自分たちのサービスは必ず自分たちで使いますし、他社のサービスも進んで使っています。そうしたマインドセットも重要です。メンバーは、2年前は私1人でしたが、現在は6人で(2018年3月現在)、さらにチームを拡充しているところです。

●ユーザー体験のためには、ビジネスも技術も、フロントもバックもない

編集部 ただBizDevでは、開発部門をはじめ、社内の各部門や社外パートナーを巻き込みながら1つのサービスを作っていますが、一般的な企業が同様のことを行う場合、サービスのローンチまでに相当な時間がかかるのではと思います。例えば一般的な企業の場合、まずビジネス部門とIT部門が分断されているケースが多い。ビジネスと技術が分断される要因として“共通のプロトコル”がないこともよく指摘されています。

小野氏 1つの企業である以上、さまざまな部門が共に事業を推進しているわけですから、「共通のプロトコルがない」というわけではないと思います。弊社でも、部門同士をつなぐための個別のルールのようなものがあるわけではありません。

 ただ評価制度という点では、弊社はOKR(Objective and Key Result:目標と主な結果)という目標管理のフレームワークを導入しています。簡単に言えば、定性/定量で目標を設定して結果を評価するものですが、メルカリが特徴的なのは、全部門のOKRのトップにあるのが「お客さまにとってのプロダクト体験」であることです。「コスト削減」などがOKRの根底にあるといったこともありません。コスト削減がお客さまの体験を高めるなら話は別ですが、ほとんどの場合そうではないからです。組織体制、評価制度も、組織ごとのオペレーションも、全てが「お客さまの体験」に向けて作られています。

編集部 体験価値をスピ―ディーに開発・改善するためのDevOpsも、そうした文化、制度がある中で取り組まれているのですね。

小野氏 DevOpsという言葉は使っていませんが、その言葉が示すようなオペレーションは根付いています。弊社の存在意義である「お客さまの体験をより良くする」ために必要な取り組みですから、社内のプロデューサー・エンジニアにとっては息をするのと同じくらい当たり前のことと言いますか、“DevOpsという言葉”を使うほど特別なものではないという感覚だと思います。

編集部 ただ一般に、仮にビジネス部門と開発部門が連携できても、それ以外の関係部門がボトルネックになることも多いようです。例えば「パブリッククラウドを使うことになっても、決済承認が遅いために、必要なときに必要なだけ、といったメリットを生かせない」といった話もよく聞かれます。そうした問題はないのでしょうか。

小野氏 先のOKRは当然ながら全部門に適用されています。お客さまの体験を磨くためにメルカリという組織が存在しているという考え方は、開発部門に限らず、財務、経理、総務、人事、広報といった部門でも同じなのです。弊社ではそもそも「バックオフィス」という呼び方をしていません。社長の小泉(文明氏)が「全部門がお客さまの体験のために存在している以上、フロントもバックもない」と考え、従業員にもその考えが浸透しているためです。

 従って、サービスを迅速に開発・提供する上で、どこかの部門がボトルネックになることもありません。「優れたお客さまの体験を提供するサービス」を作るために、各部門が「自部門の機能」を、求められているスピード・品質できちんと提供しています。具体的なツールでいえばSlack、社内Wiki、G Suiteなどを使って情報連携しているわけですが、全員がメルカリの文化にのっとってお互いの役割を果たし合っているのです。

●スピード感をもたらすのは「企業の哲学」

小野氏 そういう意味では、弊社の「共通プロトコル」とは、社長の小泉が中心となって作った「バリュー」だと思います。「Go Bold - 大胆にやろう」「All for One - 全ては成功のために」「Be Professional - プロフェッショナルであれ」――どの部門のメンバーも、日々の業務で課題などに突き当たった際は必ずこのバリューに立ち戻って「何が重要か」「何を優先すべきか」などを判断している。人材採用の基準としても、社内風土を形作っているバリューに共感できるか、合うかどうかが重要なポイントになっています。

参考リンク:メルカリの「バリュー」

 もちろん、みんなで毎朝唱和しているわけではありませんが(笑)、日常に深く浸透しています。例えばSlackの中でも、相手のコメントに「これはBe Professionalだね」「これはAll for Oneだね」といったコミュニケーションをとっている。これらは社内会議室の名前としても使われていますし、何らか機会があった際、社員に配るパーカーやTシャツに入れることもあります。

編集部 「バリュー」を打ち出している企業は多いものの、形骸化しているケースは少なくありません。バリューが明確で、かつ全社員が共感、納得していることがメルカリの強さなのかもしれませんね。ただ社外パートナーとの協業を進めるときに、メルカリの“共通プロトコル”が通じにくかったり、カルチャーが違ったりすることが課題になることはないのでしょうか?

小野氏 「より良いお客さまの体験を届ける」というゴールは同じはずですので、私が意識しているのは「社外パートナー企業側にも仕事の進め方を変えてもらう」ことです。僭越な言い方になりますが、例えば、われわれがアジャイル型でパートナーがウオーターフォール型だったとしたら、アジャイル型の進め方にある程度合わせていただく、サービス連携などの際、セキュリティポリシーの問題があるなら別の方法を提案する、Slackを使っていないなら使っていただくといった具合に、お互いに歩み寄れるように調整しています。

編集部 従来型の企業がDXに対応するためには、ディスラプターとの協業が重要と言われていますが、同程度のスピード感がないと協業は難しいのでしょうね。

小野氏 弊社としては、「われわれはディスラプターである」とか「協業先が従来型企業だから、大手企業だから特別な対応が必要だ」といったことは全く考えていません。弊社と他社に妙な線引きをした時点で話が終わってしまうと思います。お互いが歩み寄ることが何より大事です。われわれが協業したり、これから協業しようとしたりしている企業は、われわれにないバリューを出していただける重要なパートナーです。何らかの条件や業務プロセスなどを一方的に求めるのではなく、どんなときも協業の方法としてお互いにベストな方法を模索しています。

 実際、意思決定や業務の進展が、「大企業だから遅い」とか「スタートアップだから速い」といったことはありません。大企業でも速い会社はすごく速い。ある企業さまは、会社としての哲学、ポリシーをしっかりと持って仕事に取り組まれていることがスピードにつながっていると感じました。今までのやり方を変えることに全く抵抗がない。お客さまのためにやり方を変えなければいけないときに「一番大事なものは何だっけ?」と本質論に立ち返ることができる会社です。一方、変えるまでは少し時間がかかるのですが、いったん変えると決めたらものすごいスビード感で物事を進めていく企業さまもあります。

 新しいことに対する動き方は会社によって全く違います。私は世界中の企業の社史やドキュメンタリー、経営者の伝記を読むのがとても好きなのですが、(それは本の中だけの話ではなく、)実際に企業によって“顔”や“キャラクター”があり、それぞれ全く異なることがよく分かります。アライアンスを組む際には、そういったキャラクターの違いが強く出ますね。そうした違いを感じられるところがBizDevという仕事の面白いところでもあります。

●「お客さまのビヘイビアは確実に変わってきている」

編集部 バリューが明文化されていて、従業員もバリューに腹落ちしていると企業の動きはおのずと速くなりますし、お互いのゴールが共有できていれば業務慣習の違いも乗り越えていけるというわけですね。スタートアップに対して、業務慣習、ガバナンス・コンプライアンスなども含めて「既存資産がないからスピードが出せる」といった見方もありますが、それも一面的な見方にすぎないのかもしれませんね。

小野氏 スタートアップといっても、パートナーと共にサービスを成立させるためには、一般的な企業の業務慣習やプロセスの知見を基に、共にプロジェクトを進めていけるスタンス・能力が不可欠です。実際、BizDevは実務を回していく立場として、プロジェクトを加速させるために、こまごまとした調整も行っています。

 例えば、相手企業の社員であるかのように思考様式を組み替えて、稟議プロセスを通すためにキーパーソンを見つけ、その人物とのコミュニケーションを通じて企業の意思決定のタイミングを見計らって稟議を通す。人事異動のタイミングなども細かく計ります。そうしたタイミングや稟議の上げ方を緻密にシミュレーションしながら効率的かつ高速にプロジェクトを推進していく、といったこともしています。

編集部 先ほど「一方的に要求を押し付けるのではなく、共通のゴールを持ち、お互いに歩み寄ることが大切」といったお話がありました。言ってみれぱ、これは従来、社内の部門間調整でも課題となってきたことです。多様な価値をスピーディーに生み出さなければならないデジタル時代にあって、そうした「当たり前だが、あるいは当たり前であるが故に、見過ごされてきたこと」が問い直されているのかもしれませんね。

小野氏 その点、弊社の場合「All for One」というバリューが効いているかもしれません。部門ごとの事情や、メンバー間の年次を気にしてあえて意見を出さない、といったことがありませんし、バックオフィスやフロントという意識がないことも重要だと思います。一人一人が3つのバリューに基づいて能力を発揮しているので、それが結果的にスピードにつながっているのだと考えます。そうしたバリューを社外のパートナーにも理解・共感してもらい、実現可能な方法で共にゴールを追求するスタンスが重要だと思います。

 近年は先が非常に不確かな状況です。そんな中、1つだけ確かなことは、「お客さまのビヘイビアは確実に変わってきている」ということです。想像以上に変容しています。そこから逆算してお客さまの体験を考えていくことが、とても重要だと思います。スタートアップといわれる企業の中で、BizDevを独立した部署として持っている企業はさほどありません。その意味で、われわれはフロントランナーとして頑張っていかなければならないと考えています。



 メルカリというと、テクノロジーを使いこなして新たな価値を次々と生み出す先進企業といったイメージが強い。だが企業としての基本スタンスは、ある意味、従来型企業以上に実直といえるのではないだろうか。DXトレンドが高まる中、「イノベーションを生み出せ」といった言葉ばかりが注目されがちだが、昨今、いつしか手段が目的化し、「全く新しい価値とは何か」といった具合に“本当に大切なこと”から目がそれがちな傾向も一部には見受けられる。「一人一人がバリューに共感し、より良いユーザー体験のために、それぞれの能力を発揮し合う」――こう言ってしまえば当たり前のようだが、この企業・組織として当たり前のことをあらためて見直してみると、“イノベーション”のヒントを意外と身近なところに発見できるのではないだろうか。

最終更新:3/30(金) 8:00
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